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要約
中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会・算数・数学ワーキンググループは、次期学習指導要領の改訂に向けた「算数・数学ワーキンググループ取りまとめ(案)」(会議後修正版)を公表した。本資料は、現行学習指導要領下で日本の児童生徒の数学的リテラシーが国際学力調査で世界トップクラスを維持している一方、大学進学者のうち理工系専攻者はわずか19%にとどまりOECD諸国でワースト2位という水準にあり、2040年には理系人材が約120万人不足すると推計される、という深刻なギャップを起点としている。取りまとめでは、この落差を埋めるべく、①全国民に必須の数学的素養の育成と②理系専門人材の育成という二兎を、小・中・高一貫の教科構造の全面的な組み替えによって同時に追おうとする、極めて野心的な改訂の全体像が示されている。
具体的には、小学校算数から高校数学Ⅰまでの学習内容を「数と式」「図形」「変化と関係」「データと確からしさ」「論証」「社会を読み解く数学」の6分野に再編し、目標・見方考え方の文言を小中高で統一する。「論証」は数と式・図形分野に散在していた内容を独立させた新分野であり、「社会を読み解く数学」は高校数学Ⅰに新設される、実社会の数学的場面(金融の複利計算、ガチャの期待値、行列を用いたデータ変換など)を扱う内容である。高校では選択科目の数学A・B・Cを一つの新科目に統合してABCの区分を廃止し、生徒が場合の数と確率・統計的な推測・行列・数列・幾何ベクトル・複素数と複素数平面から進路希望に応じて選択履修できる仕組みに改める。また、必履修科目である数学Ⅰには、数学の全体像や社会・職業との関係を学ぶ「数学ガイダンス」も新設される。これらの内容充実に伴い数学Ⅰの単位数増加が見込まれる一方、取りまとめは数学科全体の総授業時数を増加させないことを大前提とし、数学Ⅱを中心とした選択科目の内容精選と単位数の平準化によって帳尻を合わせる方針を示している。
学習内容の区分方法についても、現行の小学校「領域」・中学校「領域」・高等学校「項目」という呼称を「分野」に統一し、各分野をさらに1~2の「区分」に分けたうえで、区分ごとに「統合的な理解」(知識及び技能の到達像)と「総合的な発揮」(思考力・判断力・表現力等の発揮像)という高次の資質・能力を規定する構造化を図る。これは教師が単元構想に活用しやすい抽象度で資質・能力を示すことを狙ったもので、附属資料では小学校から高校新科目まで各分野・区分ごとの「資質・能力の全体構造(案)」が詳細に例示されているほか、単元構想・授業づくりへの具体的な活用イメージも小・中・高それぞれについて示されている。
学習・指導・評価の改善に関しては、義務教育段階での調整授業時数制度の活用による下学年の学び直しや探究的な学習の実施、学年区分を超えた指導の前倒し・後ろ倒しの容認、高等学校における科目の柔軟な組み替え、社会的信頼性の確立した外部試験の合格を要件とする必履修科目(数学Ⅰ)の履修免除制度の創設など、教育課程の柔軟化に関する提言が多数盛り込まれている。加えて、令和7年度全国学力・学習状況調査の結果を踏まえ、家庭の社会経済的背景(SES)が低い児童生徒ほど正答率が低い傾向がある一方、SESが低くても「文字式や証明を読んで理解する」「説明活動をする」学習に取り組んだ児童生徒はSESが高くこれらに取り組めていない児童生徒よりも正答率が高いという分析結果を示し、こうした学習活動の意義を解説等で明示すべきとしている。ICT・AI活用については、AIドリルやデジタル教材の効果的な活用が期待される一方、①教材としての質、②教師の適切な指導助言、③児童生徒自身による学びの調整という3条件を前提として位置づけている。
以上を踏まえ、本稿では現場視点から4点の懸念を指摘したい。
懸念
- 内容充実と総授業時数維持の両立性への疑問:数学ガイダンス、社会を読み解く数学、論証分野の独立といった新設・拡充内容は、既存内容の「精選」によって時数上帳尻を合わせるとされているが、精選対象の具体的な線引きは教科書会社や学校現場に委ねられる部分が大きい。新設内容の指導には教師にとって新規の教材研究や指導準備が必要となる一方、それに見合う研修時間や移行期間の確保についての具体的な言及は乏しく、複数の改訂項目が積み重なることで現場の実質的な負担が増す懸念がある。
- 探究的な学びやICT活用の停滞要因が教師個人の指導力・姿勢に帰責されがちな記述:資料には「小学校においては算数科の指導経験が浅い/指導が苦手な教師を中心に…教師が教科書を網羅的に指導する傾向がある」「中・高等学校の教師は入試指導に対する保護者からの期待もあり、探究的な学びに取り組みづらい」といった記述が見られる。入試対応への社会的圧力や研修機会の不足という構造的制約が背景にあるにもかかわらず、これらが個々の教師の力量や姿勢の問題として語られる傾向があり、構造的課題が個人の指導力不足にすり替わりかねない。
- SES格差是正策が好事例の周知にとどまり、財政的・人的な裏付けを欠く:低SESの児童生徒への対応として、学習ブースの設置やAIドリルの配布といった自治体・学校単位の好事例が紹介されているが、これらを国が「積極的に発信すること」が期待されるにとどまり、教員加配や設備整備、デジタル教材の無償配布といった財政措置への言及がない。学習活動の重要性を解説等で明示するだけでは、資源制約のある学校でSES格差を実質的に緩和することは難しい。
- 履修免除制度や教育課程柔軟化の運用が学校裁量に委ねられ、格差を広げる懸念:外部試験による数学Ⅰ履修免除は「大学入試対策のための早修といった目的に濫用されることは極めて不適切」と釘を刺しつつも、代替性の認定や資質・能力育成における比較優位の判断は各学校・教育委員会の裁量に委ねられており、判断基準の具体性に乏しい。学校ごとの体制や理解度の差によって制度の適用にばらつきが生じ、結果として生徒の教育機会に地域間・学校間格差が生じる可能性がある。
改善提案
- 精選対象を国が学習指導要領解説等で具体的な例示をもって示すとともに、新設内容(数学ガイダンス・社会を読み解く数学・論証の独立)の指導に必要な研修時間や教材整備を、全面実施前の移行期間中に確保することを明記すべきである。あわせて、全面実施後には実際の授業時数配分の実態調査を速やかに行い、精選による時数捻出が形式的な帳尻合わせに終わっていないかを検証する必要がある。
- 探究的な学びやICT活用が進みにくい要因を、入試指導への社会的期待や研修機会の不足といった構造的条件として明示的に位置づけ、教師個人の指導力や姿勢の問題に帰責しない記述に改めるべきである。あわせて、保護者や大学入試関係者への説明責任を学校任せにせず、国が主体的に担うことを明記する必要がある。
- SES格差是正について、好事例の周知にとどまらず、低SES校への教員加配、AIドリル等デジタル教材の無償配布、学習支援員の配置といった財政措置を検討事項として明記すべきである。学習活動の重要性を解説等で示すだけでなく、それを実行可能にする資源配分の議論を並行して進める必要がある。
- 履修免除制度の運用基準(代替性・比較優位の判断)を各学校・教育委員会の裁量のみに委ねず、国が具体的な判断フローや事例集を整備し、学校間で運用にばらつきが生じないようにすべきである。あわせて、制度の活用状況を定期的に検証・公表する仕組みを設け、大学入試対策目的への濫用や格差の拡大が生じていないかを継続的にモニタリングする必要がある。


