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要約
令和8年6月29日開催のAI for Science推進委員会(第5回)は、四つの主要議題を扱った。
第一に、資料1では文部科学省の新規公募事業「AI for Science萌芽的挑戦研究創出事業(SPReAD)」の第1回公募結果が報告された。応募課題数は15,868件(学生2,624件を含む)、応募機関数は787機関に達したものの、採択率はわずか2.9%(採択456件・164機関)にとどまった。採択者の属性では大学等研究者・教員が86.4%を占め、民間企業・非営利団体・高等専門学校の学生からの採択はゼロだった。公募に際して実施されたAIインタビュー(約1.5万人対象)では、出力の信頼性・精度・ブラックボックス問題が最多の懸念として挙げられ、以下スキル不足、使い方不明、人材・連携不足、計算資源不足、セキュリティ・倫理・法、資金・コストと続いた。
第二に、資料2では日米AI for Science戦略的パートナーシップの進展が報告された。2026年1月の文部科学省と米エネルギー省(DOE)間のSOI署名を皮切りに、6月4日にはワシントンDCで柿田文部科学審議官・松尾経済産業審議官・ギルDOE科学担当次官の三者によるSOI署名式が行われ、日本は米国の「ジェネシス・ミッション」への初の国際パートナーとなった。両国はそれぞれ今後5年間で5億ドル、合計10億ドルの戦略的投資を計画しており、日米の研究者が相手国の計算資源を同条件で利用できる枠組みも合意された。連携領域は量子情報科学・核融合・バイオテクノロジー・重要材料・素粒子物理・自動実験ラボなど11分野が特定されている。
第三に、資料3では研究振興局参事官(情報担当)付が「Science for AI/Science of AI」の推進に向けた検討案を提示した。従来の「AIで科学を加速する」(AI for Science)に加え、「科学の知見でAIを高度化する」(Science for AI)と「AIそのものを科学的に解明する」(Science of AI)の三概念を体系化し、三者の好循環を戦略的に推進する方向性が示された。AIの解釈可能性・透明性・安全性・アライメントを含む13の研究動向が例示され、日本の強み・重点領域・中長期的方向性についての論点整理が行われた。
第四に、資料4ではアドバンスソフト株式会社による「AI for Scienceの実現に向けた計算基盤等の動向調査」(令和7年12月〜令和8年3月実施)の報告がなされた。バイオ・材料・気象を中心とするAI for Science基盤モデルの事例整理、および2030年に向けた計算需要の推計が示された。推計によれば、2030年には知識体系化・知見抽出用途でFP16換算500EFLOPS級の演算能力(GPU約12万基規模)と最大640PBのストレージが必要とされ、現在のスーパーコンピュータ「JUPITER」の約50倍に相当するインフラが求められる。
現場視点の一般的な懸念
競争の激化と「参加できる研究者」の偏在。 SPReAD第1回公募の採択率2.9%という数字は、資金獲得競争の熾烈さを端的に示している。民間企業・非営利団体・高専学生からの採択がゼロという結果は、既存の大学・研究機関中心のエコシステムがそのまま再生産されたことを意味する。AIビジネスの最前線にいる民間研究者や、技術革新の担い手として期待される次世代層が実質的に排除されている構造は、事業の目的である「萌芽的挑戦」の趣旨と矛盾する。
AIインタビューが映し出す現場の実態と政策の乖離。 1.5万人が訴えた「出力の信頼性とブラックボックス問題」「スキル・知識不足」「使い方・始め方の不明さ」という三大懸念は、AI for Scienceを推進したいという意欲と、実際に使いこなせる環境が整っていないという現実の深い溝を示している。政策文書が「自律型研究エコシステムの確立」や「AI駆動型ラボ」を目標として掲げる一方、現場では「どのツールを選べばいいかわからない」「自分のデータにどう当てはめるかわからない」という基礎的な壁が残っている。支援体制の設計が、現場の実態から乖離したまま上位目標に先走る危険がある。
「Science for AI/Science of AI」の検討案における問いの構造と答えの先取り。 資料3の検討案は、「日本の強みや特色は何か」「重点領域は何か」という問いを投げかけながら、すでに「戦略的自律性の確保」「国際的な研究エコシステムにおける不可欠な役割」という結論を前提にしている。現場研究者・大学教員からすれば、三区分(AI for Science/Science for AI/Science of AI)の概念整理が示す研究領域のどこに自身の仕事が位置づけられるのか、それぞれの区分にどのような人材・資金・評価制度が設計されるのかが不透明なまま、「好循環の推進」という総論だけが先行している。
計算資源の需要推計と実現可能性の問い。 資料4が示す「2030年に500EFLOPS・GPU12万基・640PB」という推計は、現在の世界最大規模スーパーコンピュータの数十倍に相当する。これは国内単独では到底整備できない水準であり、日米連携による計算資源の相互利用が前提となるが、その具体的な運用スキーム・費用負担・データガバナンスについては本資料では示されていない。投資計画の実現には令和9年度概算要求への反映が鍵となるが、当該議題は非公開とされており、研究者コミュニティが計画の全体像を把握できない状況が続いている。
データ戦略の「持てる者」集中リスク。 基盤モデルの競争力がデータ量・質に大きく依存することが資料4で示される一方、日本が保有するデータ資産(富岳、ひまわり、JRA-3Q、NII RDC等)をどの研究者・機関がどのような条件でアクセスできるかの制度設計は未確立のままである。国際的なオープンデータ整備が急速に進む中で、アクセス権の非対称性が国内研究力の格差を拡大させる可能性がある。
現場視点の一般的な懸念を踏まえた改善提案
SPReAD採択スキームの多様化と参入障壁の低減。 採択率2.9%という高競争環境を前提に、少額・多件数の予備採択枠(いわゆるシード枠)を設けることで、民間・高専・学生など従来採択ゼロの層への実質的な参入経路を確保すべきである。審査基準においても、「大学での実績」ではなく「AIを活用した科学研究への具体的な問い」を重視する評価軸への転換が必要だ。あわせて、採択者と不採択者の境界を生む要因分析を公開し、改善のPDCAを可視化することが、1.5万人の応募者に対する説明責任として求められる。
AIインタビュー結果を政策反映ループに組み込む制度化。 1.5万人分の課題・悩みデータは、現場ニーズの稀有な一次情報である。これを「申請時の参考資料」に留めず、支援メニューの設計・研修プログラムの内容・計算資源へのアクセス手続きの簡素化に直接接続する制度的ループを構築すべきである。特に「使い方・始め方がわからない」「時間不足でキャッチアップできない」という訴えは、研究コミュニティの構築だけでなく、インタープリター人材(AI×専門分野の橋渡し役)の体系的育成が不可欠であることを示している。
Science for AI/Science of AIの概念整理から制度設計への接続。 三区分の概念を政策文書の論点にとどめず、それぞれに対応する研究評価軸・ファンディングスキーム・人材キャリアパスを具体化する工程表の策定が必要である。特に「Science of AI」(AIの解釈可能性・安全性・創発現象の解明)は、民間企業主導のモデル開発競争とは性質が異なる長期的・基礎的な研究であり、競争的資金ではなく安定的な基盤的資金による支援が不可欠である。「アジャイルな研究開発」と「継続的・安定的な基礎研究」を二項対立ではなく並立させる制度設計の明示が求められる。
計算資源整備計画の透明化と国内研究者へのアクセス保障。 令和9年度概算要求を非公開とする運用は、研究者が中長期的な計画を立てる際の不確実性を高める。少なくとも計算資源整備の方向性・スケジュール・利用条件の基本的枠組みについては、研究コミュニティに対して段階的に情報公開すべきである。日米計算資源相互利用の合意に際しても、国内研究者が「同等条件」で利用できる具体的な手続き・費用負担・データ持ち出し制限等を早期に明示し、口頭合意が実質的な格差を生まないよう制度的に担保する必要がある。
データアクセスの平等化と日本固有データ資産の戦略的活用設計。 気象庁のひまわりデータ・JRA-3Q・NII RDCなど日本が有する独自データ資産を「強み」として列挙するだけでなく、それらを研究者が実際に活用できる条件(APIの整備、フォーマットの標準化、利用条件の明確化、機微情報を含む場合の安全利用環境の提供)を整備する具体的な工程表が必要である。データ戦略を「持てる機関」内で完結させるのではなく、地方大学・若手研究者・異分野参入者が平等にアクセスできる基盤として設計することが、AI for Scienceの「波及・振興」という政策目標の実質化につながる。
AI for Science推進委員会(第5回) 配付資料
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shinkou/077/siryo/aifors_260629_001.html
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