第13回:安全を守る人は、だれに守られるのかーー箱ブランコが消えた時代に、部活動の責任を考える

部活動の練習前に、気温を測る。湿度を確認する。暑さ指数を記録する。水分補給の時間を決める。活動時間を書き留める。

それらは、もちろん必要なことだ。生徒の命を守るために、現場が軽視してよいものではない。

しかし、ふと考えることがある。

これは、生徒を見るための時間なのか。それとも、事故が起きたときに「やるべきことはやっていた」と示すための時間なのか。もちろん、その二つは完全に分けられるものではない。それでも現場では、後者の重みが少しずつ増しているように感じる。

本稿で問いたいのは、安全管理が不要だということではない。むしろ逆である。生徒の命を守るために、安全管理は必要だ。問題は、その責任を負う人の時間、体力、判断の余地が、同時に守られているのかという点にある。安全を守る義務だけが細かくなり、その義務を背負う教員を守る仕組みが置き去りにされてきたのではないか。

この問いは、公園から箱ブランコが消えていった時代の問いとつながっている。

いつの間にか、箱ブランコが消えていた

かつて公園には、向かい合って座る箱ブランコがあった。勢いがつくと少し怖く、降りるタイミングを間違えれば危ない。子どもたちは、その危なさを含めて遊んでいた。

しかし、気がつくと多くの公園から姿を消していた。

理由は、たぶん「危ないから」だ。では、その「危ない」とは、だれにとっての危なさだったのか。子どもにとっての危なさか。管理者にとっての危なさか。あるいは、事故が起きたあとに責任を問われる社会にとっての危なさだったのか。

公園では、危険を含む場面そのものが撤去された。しかし学校では、危険を含む活動は残り、その管理責任だけが教員に集中した。同じ時代の、異なる反応である。

部活動の注意義務は判例によって形づくられてきた

部活動における顧問教諭の注意義務は、判例の積み重ねのなかで形づくられてきた。最高裁は、部活動も学校教育活動の一環である以上、顧問教諭には生徒を指導監督し事故を未然に防ぐ一般的な注意義務があることを示してきた。一方で、具体的な危険を予見できる特段の事情がない限り、顧問がすべての活動に常時立ち会う義務まで当然に負うわけではない、という考え方も示されている。

なお、「安全配慮義務」という語は、労働契約法上は「使用者から労働者へ」の義務を指す。学校事故においては「教員個人の注意義務」「学校設置者の安全管理上の責任」として整理される。本稿では厳密な法律用語の区別よりも、それらが現場でどう作用してきたかを問題にする。

法理と現場のずれ

ここで重要なのは、判例上の立会い義務と現場の運用が、必ずしも一致していないということだ。

法理の上では、顧問が常に活動場所にいなければならないと単純には言えない。しかし重大事故が起きれば、「顧問はその時どこにいたのか」が必ず問われる。熱中症、頭部外傷、心停止、移動中の事故。結果が重大であればあるほど、顧問の不在は管理体制の不備として見られやすい。さらに、責任追及は民事上の賠償にとどまらない。業務上過失致死傷などの刑事責任、服務上の責任、教育委員会による調査や処分にもつながりうる。重大事故では、顧問や管理職が捜査対象となり、書類送検に至る事例もある。

判例は「常時立会い義務」を正面から認めていないとしても、現場はすでに「立ち会わなければ責任を問われる」世界を生きている。そこでは、法的に何が義務かという問題と、事故後に何が責任追及の材料になるかという問題が、ほとんど区別できなくなっている。

こうして部活動は、教員の身体をその場に拘束する活動になっていった。顧問がいなければ活動できない。活動するなら顧問が立ち会う。事故が起きれば、まず顧問の所在が問われる。安全管理の名のもとに、教員の時間と身体が部活動に固定されていった。

安全管理が責任管理に変わるとき

この流れが大きく動いたのは2000年代以降だ。2000年には電通事件の最高裁判決が、過重な業務による心身の健康悪化・自殺リスクについて使用者の予見可能性と配慮義務を強く問い、労働界で「安全配慮義務」という言葉が一気にクローズアップされた。2000年代に入るころから、公園では箱ブランコや回転ジャングルジムが姿を消していった。

2002年、国土交通省は都市公園における遊具の安全指針を策定した。指針自体は遊びの価値を否定するものではなく、リスクを適切に管理しながら重大な危険(ハザード)を除去するという考え方に立っていた。しかし現場の自治体では、事故対応や管理責任への不安も重なり、事故時に責任が問われやすい遊具を撤去する動きが広がっていった。

職場・学校・公園という三つの現場で起きたことを並べて見ると、共通する反応が浮かび上がる。まず、判例や事故によって「だれが責任を負うか」が特定される。次に、その責任を果たそうとしても事故リスクをゼロにはできないため、管理者は「問われる可能性」そのものを意識するようになる。そして最後に、責任が発生しうる場面そのものを減らそうとする。企業では労働時間管理やメンタルヘルス対策が強化され、学校では活動記録やマニュアルが整備され、公園では危険と見なされた遊具が撤去される。

いずれも安全を守るための対応である。しかし同時に、事故や問題が起きたときに「必要な対応をしていた」と示すための対応にもなっていく。その二つは重なっているようで、ずれていく。

部活動の文脈に引き戻せば、熱中症対策も同じ力学のなかにある。龍野高校テニス部熱中症重度障害事件(大阪高裁平成27年1月22日判決)では、試験明けで暑熱馴化が不十分な状態、昼食不足、帽子不着用、高温多湿、顧問不在、顧問作成の練習メニューへの従属など、複数の要因が重なったなかで学校側の責任が問われた。こうした判例や事故対応が意識されるなかで、気象条件の把握、活動記録、休憩・水分補給の管理を「残す」ことの重要性が強く意識されるようになった。教員はいつの間にか、「安全を守る人」ではなく「安全を管理する人」になっていた。

教員を守る矢印は、どこへ行ったのか

電通判決以降、「安全配慮義務」という概念は社会全体に浸透した。労働界では、義務の矢印は「使用者→労働者」の方向で機能した。しかし学校では、その矢印よりも「教員→生徒」の義務の方がはるかに強く可視化されてきた。

教員にも本来、働く人として安全配慮を受ける権利がある。しかし学校現場では、その権利よりも「生徒を守る義務」の方がはるかに強く前面化してきた。しかも部活動は、教育課程外でありながら学校教育活動の一環として扱われ、勤務時間外にも広がりやすい。その領域においても、義務は消えなかった。その負荷は、教員の側に降り積もった。

同じ時代に、社会は「働く人を守れ」と言い、学校は「生徒を守れ」と言った。教員は後者の義務を強く負わされながら、前者の保護を十分には受けられなかった。生徒の安全を守る義務が細かく具体化されるほど、教員自身の労働環境は悪化するという逆説が、静かに進行していた。

本来、安全を守るには、人がいる

安全は、記録だけでは守れない。そこには人がいる。時間がいる。判断できる余地がいる。

暑さ指数を測ること自体が問題なのではない。活動記録を残すこと自体が問題なのでもない。問題は、それを行うための人員も時間も増えないまま、記録と責任だけが現場に積み増されていくことだ。

安全管理が教育を支えるためのものなら、教員を守る仕組みも同時に必要になる。ところが現実には、生徒を守るための義務は細かくなっていく一方で、その義務を負う教員の勤務時間、休息、裁量は十分に守られてこなかった。

失われたのは何か

公園の遊具撤去には、皮肉な逆説がある。重大なハザードを除去すれば深刻な事故リスクは下がるかもしれない。しかし子どもが「危険を判断する経験」も同時に失われる。危険を判断する力は、危険を完全に遠ざけるだけでは育ちにくい。年齢に応じて管理されたリスクに触れ、自分の身体で試し、失敗し、修正する経験を通じて育つ面がある。国交省の指針そのものは、遊びの価値を否定していたわけではない。問題は、その理念が現場で十分に共有されないまま、「危ないものはなくす」という単純な運用に流れやすかったことではないか。

部活動も同じ問いに直面している。顧問の裁量が管理体制に置き換えられ、活動時間が数値で制限され、指導の判断がマニュアルに回収されていくとき、生徒が失うのは危険を判断する経験だけではない。不確実な状況の中で粘ること、自分の限界を自分で測ること、失敗から立て直す経験——それらもまた、管理の網の目からこぼれ落ちていく。だからといって、現在の部活動をそのまま温存すればよいということではない。むしろ、そうした経験を保障するためにも、教員個人の献身に依存しない条件が必要になる。

もちろん、かつての「顧問の裁量」が常に生徒を守っていたわけではない。その裁量の名のもとで、無理な練習、暴言、放置が起きてきたことも事実だ。だからこそ、義務の明文化と記録の整備には意味があった。問題は、その正当な目的が、証跡管理へと重心を移していく過程で、教員が「判断する主体」から「義務を履行したことを証明する主体」に変わっていったことではないか。

問い直すべきこと

生徒の安全を守る義務が不要だと言いたいのではない。顧問の暴言と放置によって生徒が熱中症で死亡した事例は、義務の明文化なしには是正されなかった。判例が積み上げてきた水準には、命がけで闘った遺族たちの歴史が刻まれている。安全を守りながら生徒を成長させることは、もちろん可能だし、それが教育の本来の姿だ。

問題は、生徒の安全を守る義務そのものではない。それが人員・時間・裁量の保障なしに、現場教員の責任だけを増やしてきたことだ。マニュアルは必要である。だが、マニュアルは判断する人を不要にするものではない。むしろ、判断する人を支えるためにこそあるべきだ。証跡を残すことと、生徒に向き合うことは、目的が違う。管理の体制を整えることと、生徒一人ひとりの状態を読むことは、重なる部分もあるが、ずれていく部分もある。そのずれを見失わないことが、制度が見落とすものを補う出発点になるのではないか。

箱ブランコが消えた公園で育った子どもたちは、今、部活動に参加している。その生徒たちに必要な「危険を判断する経験」を、どこで、だれが、どのような条件のもとで保障するのか。そして、その責任を負う教員を、だれが守るのか。それは、マニュアルだけでは答えられない問いである。

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