同志社国際高等学校の研修旅行等について(これまでの把握事項と文部科学省の見解) 文部科学省 令和8年5月22日

要約

文書の位置づけ

令和8年3月16日に沖縄県名護市の辺野古沖で発生した同志社国際高等学校の研修旅行中の重大事故を受け、文部科学省が事案発生以降の確認結果と見解をまとめたもの。文部科学省は学校法人同志社への改善指導、および所轄庁である京都府への指導要請を行った。

1. 研修旅行について

経緯の問題点: 2023年3月、牧師(抗議船「不屈」の船長と同一人物)から辺野古でのボート乗船の提案を受け、事前下見を行わないまま校内検討のみで乗船を開始。2024年・2025年・2026年も同様に事前下見なしで実施した。

当日の体制の問題: 転覆時に引率教員は同行しておらず、当初乗船予定の教員が当日に体調不良等で乗船を見送った。また2隻の船に対して引率教員1名しか配置されていなかった。

文科省見解: 事前下見の不実施、引率体制の重大な判断ミス、保護者・生徒への事前説明不足、牧師への安全管理の丸投げ、いずれも著しく不適切と判断。

2. 安全管理について

危機管理マニュアルの不備: 学校が策定していた危機管理マニュアルには事故発生時の連絡体制等の記載のみで、校外活動時の事前安全確保に関する記載がなかった。

具体的な欠落事項:

  • 当日の波浪注意報の気象情報を確認していなかった
  • 悪天候時の代案を事前に決めていなかった
  • 海上運送法上の事業登録の有無、航路、船の形状、護岸からの乗船リスク等を把握・確認していなかった
  • ライフジャケットの着用方法等の事前安全指導を実施していなかった
  • 海上保安部への通報も生徒が自ら調べて行った

文科省見解: 安全管理・安全確保の取組は著しく不適切であり、是正が必要。

3. 教育活動の政治的中立性について

問題の構造: 2026年3月の開会礼拝で牧師は「基地建設に反対し抗議している、法令違反を承知でエリアに入る、海上保安庁に拘束される」と生徒に向けて発言した。

2015年〜2018年の研修旅行のしおりにはヘリ基地反対協議会による座り込みへの参加を呼びかける文書が掲載されていた。

平成27年通知(政治的中立性の確保)は、通知発出時にメールで形式的に周知されただけで、一連の意思決定プロセスにおいて一度も参照されていなかった。

文科省見解: 辺野古移設工事に関する学習について、様々な見解を十分に提示していたことが確認できず、特定の見方・考え方に偏った取扱いであったと判断。教育基本法第14条第2項に反するものであり、是正が必要。

4. 学校法人・学校のガバナンスについて

学校法人同志社は研修旅行の実施日程は把握していたが、プログラムの詳細については事前・事後を問わず把握していなかった。

3月28日、学外の弁護士で構成する特別調査委員会を設置し、調査結果は夏頃を目途に公表予定。

今後10月を目途に学校法人内に「安全管理室(仮称)」を設置し、各設置校の教育活動のリスク評価・分析を行う体制を構築予定。

文科省見解: 担任会・教職員会議・校長の意思決定過程において法令等に基づく議論が全く行われず、ガバナンスに極めて大きな問題があったと認定。

現場視点の一般的な懸念

① 「信頼」が安全管理を代替してしまう構造的問題

学校側の説明によれば、牧師への信頼が「あの人が船長なら安全」という過信に転化し、旅行会社を通じた正規の安全確保体制をとるという発想に至らなかった。これは同志社国際に限らず、「顔の見える関係」に依存してきた学校の慣行文化の縮図である。現場では人的ネットワークを通じた手配が日常的に行われており、その信頼関係が正規の安全プロセスを形骸化させるリスクは広く存在する。

② 危機管理マニュアルの「形式的整備」問題

多くの学校で危機管理マニュアルは作成されているが、本事案が示すように「緊急連絡体制だけが書かれており、校外活動の事前安全確保に関する記載が存在しない」という実態は珍しくない。マニュアルの存在確認と内容点検は別物であり、所轄庁・設置者による形式的なチェックでは実質的な不備を見逃す。「マニュアルがある=安全管理ができている」という思い込みが、現場のリスク認識を鈍化させる。

③ 「平和学習」という名の下での視点の固定化

辺野古への移設工事に関する学習について、沖縄県の見解を学習させていたことや「県は何を訴えたのか」という観点でのワークシートは確認されたが、それ以外の様々な見解について十分な事前・事後学習が行われていたことは確認できなかった。「平和学習」は多くの学校で実施されているが、特定の語り口が長年継承されることで、教員自身も「これが平和教育だ」という認識から疑問を持ちにくくなる構造がある。学習指導要領が求める「多様な見解の提示」は、現場では形式的に処理されがちであり、問い直しのコストは教員個人に帰せられやすい。

④ 前例踏襲ガバナンスの温床としての閉鎖的人事

同志社国際高等学校では教職員が一度就職すると退職まで同じ学校で勤務することが一般的であり、それが教職員間のなれ合いや相互不干渉の風土を生んでいたことが指摘された。この問題は私立学校全般に共通する構造的課題であり、特定の教育理念や実践様式が「聖域化」することで、外部の目による問い直しが機能しなくなる。校長による承認が実質的なゴム印化してしまうリスクは、人事の流動性が低い学校ほど高い。

⑤ 保護者・生徒への「説明責任の形式化」

どのような船に乗るのかについて、生徒や保護者への事前説明がなされていなかった。「何に乗るか」すら説明されない状況は極端であるが、「しおりに書いてある=説明した」という形式的な情報提供と、実質的な理解・同意取得の乖離は多くの学校行事に潜在している。特にリスクを伴うプログラムについては、保護者の事前同意プロセスの実質化が求められるが、その運用コストを誰が担うかは未解決のまま現場に押し付けられやすい。

⑥ 「著しく不適切」認定と個別校処分の連鎖が生む過剰萎縮

文科省が今回の事案を「著しく不適切」と明示的に認定し、教育基本法違反にまで言及したことは異例の強度である。今後、他校では「辺野古に限らず政治的文脈が少しでも含まれる現場見学はすべてリスク」という過剰な自主規制が広がる可能性がある。平和学習・現地学習・地域課題への接続といった実践が萎縮し、「安全で無難なバス観光」に回帰することは、教育的損失として別途問題化しうる。

同志社国際高等学校の研修旅行等について(これまでの把握事項と文部科学省の見解)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902_00005.htm

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