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要約
令和8年7月10日に開催された第124回中央教育審議会大学分科会法科大学院等特別委員会では、法学未修者コースに占める非法学部出身者の割合が制度発足当初の49%から現在30%台にまで低迷しているという数値が示され、この会議録が映し出す構造的な問題群について、以下5点の懸念を論じたい。
議題は大きく3つに分かれた。第一に、事務局から今年度の入学者選抜・司法試験受験状況の統計が報告され、平成23年度以降、未修者と既修者の入学者数が逆転している傾向、および未修者の修了5年目までの累積合格率が令和2年度修了者で48.7%となり、前年(令和元年度修了者)の56.6%から下落し、令和6年度目標を下回ったことが明らかにされた。加えて、これまで未修者教育の取組を予算配分に反映させてきた「加算プログラム」が、令和8年度評価・令和9年度予算をもって廃止される方針であることも確認された。
第二に、未修者教育施策について、日本弁護士連合会、福岡大学、東京大学からそれぞれ発表が行われた。日弁連からは、多様なバックグラウンドを持つ法曹(医師、一級建築士、スポーツ庁関係者、宇宙工学出身者、福祉専門職出身者など)の活躍事例が紹介される一方、既修者コースの合格率が安定している現状に比べ未修者の合格率向上が課題であるとの指摘があった。福岡大学は在籍学生の96.1%、開設以来の修了者の92.4%が法学未修者という際立った構成を持ち、累計司法試験合格者94人のうち法学未修者が81人(86.2%)を占める実績を報告した一方、社会人入学者の割合が令和6年度23.1%から令和8年度11.8%へと年々減少している傾向、非法学系出身者の割合も26.9%から17.6%へと同様に減少している傾向を明らかにした。東京大学からは、未修者の司法試験合格率が直近26.3%(既修者は74.6%)にとどまり、標準修業年限内修了率も未修者50〜60%に対し既修者は50〜80%に達するという格差が示されるとともに、前田委員個人の見解として、未修者が「法学特有の思考形式」に順応できない場合があること、学習時間の制約、法学学習程度のばらつきといった課題が語られた。質疑では、社会人減少の要因、未修者のメンタルケア体制、就職活動の早期化が未修者に与える影響、1年次のカリキュラム設計の巧拙などについて活発な議論が交わされた。
第三の議題は、大学分科会における新たな評価制度に関する議論である。学部段階を対象とした新評価制度のワーキングでの議論のまとめが紹介され、内部質保証を担保する「質保証」の視点と、ディプロマ・ポリシーに掲げる資質・能力の育成状況を測る「質向上」の視点の二本立てで、星0〜3段階の評価を6年サイクルで実施する枠組みが示された。法科大学院についても同様の考え方が大学院部会で検討されており、事務局からは、司法試験合格率など法科大学院全体で共通に求められる要素と、各法科大学院の個性を反映する要素とを分けて評価する方向性が提示された。これに対し、機関全体が「要是正」と判断された場合、法科大学院を含む下位組織の評価が一切実施されない仕組みへの懸念(田村智幸委員)、既修者と未修者を明確に区分して評価すべきとの提案(中川委員)など、複数の委員から具体的な論点が提起された。
懸念
- 未修者教育の危機と加算プログラム廃止による財政的支柱の喪失:未修者コースに占める非法学部出身者の割合が49%から30%台へ低迷し、累積合格率も前年比で低下する中、これまで未修者教育への取組を予算配分に反映させてきた加算プログラムが廃止される方針にある。事務局は「新たな制度において未修者教育の取組の充実を後押しするようなインセンティブを設けることが考えられるのではないか」としているが、具体的な制度設計は本会議時点で示されておらず、財政的な裏付けを欠いたまま理念だけが継続される空白期間が生じるおそれがある。
- 在学中受験制度が未修者に及ぼす構造的なプレッシャー:3+2制度と在学中受験の導入は既修者の学修ルートを前提として整備されてきた経緯があり、未修者がこれに合わせて挑戦しようとすると、入学から2年数か月程度で司法試験に臨むことになる。土井委員が指摘したように、これは「2年数か月で司法試験に合格できる方法を編み出せと言われても、それはできない」という現場の実感と乖離した制度設計であり、田村(伸)委員が言及したメンタル面の負荷、就職活動の早期化(髙橋委員)とも連動して、未修者を「時間に追われて上っ面の勉強」に追い込む構造になっている。
- 未修者の学習困難が個人の適性問題として語られる傾向:前田委員(東京大学)の発言に代表されるように、未修者が法学特有の思考形式に順応できない事象は「委員個人の私見」という留保つきながらも、入学試験段階での「見極め」の不足という個人特性の識別問題として語られる場面が見られた。福岡大学の藤村教授も学習姿勢や論述能力の育成における苦労に言及しており、こうした語りは、既修者コースを前提に設計された1年間で法律基本7科目を修得させるカリキュラム構造そのものが未修者に強いる負荷という制度的要因を後景化させ、個人の適性や努力の問題へと収斂させるリスクをはらむ。
- 社会人・非法学部出身者の減少という「多様性の理念」の空洞化:福岡大学の事例では、社会人割合が3年間で23.1%から11.8%へ、非法学系出身者割合が26.9%から17.6%へと一貫して減少しており、田村(智)委員も含め複数の委員が多様な人材確保の重要性を繰り返し確認したにもかかわらず、実態としての多様性は縮小傾向にある。松井委員が指摘した就職活動における合格可能性推定のしにくさという構造的な不利、髙橋委員が指摘した就職活動早期化の影響など、多様な背景を持つ志願者が直面する障壁は、個々の法科大学院の努力だけでは解消し切れない社会構造的な課題である。
- 新たな評価制度における「連座制」リスクと未修者教育の埋没:田村(智)委員が指摘したとおり、大学全体の評価が「要是正」と判定された場合、法科大学院を含む学部・研究科ごとの評価が実施されないまま6年間のサイクルが経過する仕組みとなっており、社会や受験生に対する情報空白という不利益が生じかねない。また、笠井委員が確認したように、法科大学院独自の評価段階(星の数など)や複数評価機関間の目線合わせについても具体的な制度設計は今後の検討課題とされており、未修者教育という法科大学院制度の根幹に関わるテーマが、学部段階の枠組みを踏襲する過程で埋没する懸念が拭えない。
改善提案
- 未修者教育インセンティブの制度設計を加算プログラム廃止前に確定させる:加算プログラムの廃止時期(令和8年度評価・令和9年度予算)に先立ち、後継となる評価・予算配分の仕組みにおいて未修者教育に対する財政的インセンティブの具体的な算定方法(例えば田村(智)委員が提案した事業活動収入・経常費用に占める未修教育経費の割合や、教員1人当たりの未修学生数といった定量指標と、日弁連が示した研究者・実務家教員の協働といった定性的な取組評価を組み合わせる方式)を明確化し、制度の切れ目のない移行を担保すべきである。
- 未修者独自の合格スケジュールを制度上明示し、在学中受験への同調圧力を緩和する:岡副会長が提案した「未修者独自の進み方」の考え方を踏まえ、在学中合格や修了直後の合格を唯一の目標とするのではなく、3年以内、5年以内といった複数年次にわたる合格を正面から評価する仕組みを制度化することが有効である。福岡大学が実施しているGPA要件と面談による在学中受験プログラムの選抜的運用のように、無理な短期合格を強いない設計を各法科大学院が採用しやすくなるよう、評価制度側からも複数年での育成成果を尊重する姿勢を明確にすべきである。
- 未修者の学習困難を制度要因として捉え直すカリキュラム上の対応を制度的に位置づける:東京大学の未修者指導講師制度や福岡大学の1年次配置科目の限定・担任制度など、既に一定の効果が確認されている取組を、個々の大学の裁量的な工夫にとどめず、質向上評価の共通評価項目として明示的に位置づけることが望ましい。あわせて、髙橋委員が提起した1年次の科目配置の巧拙という論点についても、単一の正解を求めるのではなく、各法科大学院の未修者比率や在学中受験挑戦率といった条件に応じた複数のカリキュラムモデルを事務局が整理し、比較検討できる形で情報提供することが有益である。
- 多様な人材確保のための就職環境整備を法曹三者の共同課題として位置づける:松井委員が提起した、入学者のバックグラウンドや修了後の活躍分野に関する情報を共通基準で共有する仕組み、および日弁連が既に各弁護士会に要請している採用内定時期の配慮について、法科大学院・日弁連・企業側の三者が定期的に進捗を確認する場を設けることが望ましい。単なる要請の周知にとどまらず、実際の内定時期の実態調査を継続的に行い、就職活動早期化が未修者、とりわけ非法学部出身者・社会人経験者に与える影響を可視化すべきである。
- 新評価制度における法科大学院固有の評価段階・連座制の是非を早期に確定する:中川委員が提案した既修者・未修者を明確に区分した評価軸(既修者には合格率・修了率などの定量的な質保証指標を、未修者にはディプロマ・ポリシーに基づく「伸び」を測る質向上指標を重点的に適用する案)を具体的に検討するとともに、田村(智)委員が懸念を示した大学全体の要是正判定による法科大学院評価の停止という仕組みについては、法科大学院の特殊性(専門職大学院としての独立した認証評価の蓄積があること)を踏まえ、機関全体評価から独立して法科大学院固有の評価結果を公表できる制度設計を、大学院部会との調整の中で早期に確定すべきである。


