中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 理科ワーキンググループ(第9回)配付資料 令和8年5月22日

要約

会議の概要

令和8年5月22日(金)18:00〜20:00、文部科学省東館にてWEB・対面の混合方式で開催。議題は「とりまとめに向けた検討について」のみ。第1回(令和7年10月)から第8回を経た審議の集大成として、次期学習指導要領における理科・理数科の改訂方針を示すとりまとめ案が提示された。


1. 現行の成果と課題

成果として、国際学力調査(PISA等)において日本の理数リテラシーは世界トップクラスを維持している点が挙げられた。

課題は多岐にわたる。

  • 学年・学校段階が上がるにつれ、理科を「楽しい」と感じる児童生徒が減少する傾向が続いている。
  • 科学的リテラシーの高さに比して、理科への興味・関心や有用感が低く、将来の理系志望者も少ない。
  • 高校卒業後の理工系進学割合はOECD諸国ワースト2位(19%)であり、2040年には大学・院卒の理系人材が約120万人不足すると推計されている。
  • 基本的概念の理解・定着が不十分な児童生徒が一定数存在する。
  • 男女間で理科の得点差は小さいにもかかわらず、理系志向や自信に大きな格差がある。
  • 学校種間での分野・領域の区分や探究用語の不統一、校種間接続の不備がある。
  • 観察・実験器具の整備不足および地域間・学校間格差が深刻である。

2. 改善の方向性(とりまとめ案の主要ポイント)

①目標・見方・考え方の再整理
  • 小・中・高等学校の目標を統一し、教科としての一貫性・系統性・連続性を確保。
  • 見方・考え方の対象を「自然の事物・現象」から「自然や社会の事象・言説」に拡張。
  • 「自然科学的な視点」を明示し、人文・社会科学との差異を明確化。
  • クリティカル・シンキング(批判的思考)を新たな見方・考え方に組み込む。
  • 「学びに向かう力・人間性等」として「生命を尊重する心情」「人と自然環境の調和に寄与しようとする心情」を小・中・高に共通で規定。
②分野・領域の再編
  • 現行の「第1分野・第2分野」「4領域(エネルギー・粒子・生命・地球)」を廃止し、小・中・高等学校共通で物理・化学・生物・地学の4分野に統一再編。
  • 各分野を3区分に細分し、区分ごとに「統合的な理解」と「総合的な発揮」で構成する「高次の資質・能力」を設定。
③新学習内容の設置
  • 小学校:分野横断的な課題を扱う「理科と日常生活」を新設。
  • 中・高等学校:科学とは何か、研究倫理、社会とのつながりを学ぶ「科学ガイダンス」を新設。
④高等学校理科の科目再編
  • 科学と人間生活(4単位)」を新設し、必履修科目の選択肢を現行の2パターンから3パターンへ拡大。
  • 高校の教育課程の柔軟化(単位の細分化、科目の組み替え)についても検討中。
⑤学習・指導・評価の充実
  • 観察・実験の充実を明記しつつ、ICTの効果的活用を推進(センサー・シミュレーション・生成AI活用等)。
  • 調整授業時数制度(義務教育段階)を活用した「裁量的な時間」の活用例を提示。
  • 理工系進学における男女格差解消に向けた施策(アンコンシャスバイアス解消・女子支援)を明記。
  • 学習評価については「学びに向かう力・人間性等」に新たな観点別評価を導入する方向で検討。
⑥共通教科「理数科」の改訂
  • 目標を「数理的・科学的に探究する資質・能力」に改訂し、対象を「事象や社会の課題」へ拡大。
  • 探究テーマとして理数系に偏らないSTEAM的課題を充実。
  • 大学等との連携体制の構築(大学側の窓口一元化)や、理数探究を総合的な探究の時間に代替できる仕組みの周知を求める。

現場視点の一般的な懸念

① 「4分野統一」は小学校現場に何をもたらすか

現行の「エネルギー・粒子・生命・地球」という領域区分は、小学校では発達段階に応じた体験的学習との親和性が高く、学級担任にとってもイメージしやすい枠組みだった。これを「物理・化学・生物・地学」という学問的系統性に基づく4分野に統一することで、とりわけ理科の指導経験が浅い小学校の学級担任には新たな認知的負担が生じる可能性がある。文書中に「小学校の学習内容の難化を招くものでないことについて国による丁寧な周知が必要」と注記があるが、「周知」だけで対応できる問題かどうかは疑問が残る。

② 「科学ガイダンス」の位置づけと授業時数の矛盾

「科学ガイダンス」を中・高等学校に新設するとしているが、「総授業時数を増加させないことが前提」という条件が同時に課されている。新設コンテンツを既存の授業時数の中に押し込む以上、既存内容の削減が不可避だが、その具体的な精選方針はまだ確定していない。「知識として暗記することを想定していない」という注記と、入試指導との緊張関係も未解決のまま残っている。

③ 観察・実験の充実と設備格差の拡大リスク

観察・実験の充実を一方で謳いながら、「器具・機器の整備状況が十分でない学校がある」という課題認識も文書中に明示されている。特に実験計測用センサー等のデジタル機器の整備は「地域間・学校間格差が懸念される」と認めているにもかかわらず、具体的な財源措置や整備スケジュールは示されていない。「国として実態を調査・可視化した上で計画的に推進する」という表現は、現場に対して具体的な約束をしていないに等しい。

④ 学習評価の新観点導入と採点負担

「学びに向かう力・人間性等」に新たな観点別評価を導入する方向が示されているが、理科の観察・実験場面における行動の「見取り」は非常に労力がかかる評価行為である。複数名の観察を同時並行で行いながら評価することの物理的限界は議論の俎上に上がっておらず、評価の内実を担保できるのかという疑問が残る。他のWGで問題視されている「◯付記」問題と同様、評価制度の精緻化が現場負担の増大に直結するリスクがある。

⑤ 「入試改善」への言及は根本問題の先送り

「探究的な学びの実現には高校入試の改善が必要」と文書は正直に指摘している。しかし入試制度の改革は学習指導要領改訂の管轄外であり、このWGが解決できる問題ではない。探究的な学びを推進しつつ、受験指導への教師・保護者のニーズを「国が丁寧に説明する」ことで解消しようとするアプローチには、構造的限界がある。学習指導要領と入試制度の乖離という根本問題を「周知」で埋めようとしている印象は否めない。

⑥ 理工系人材育成の「国策目標」と教育目標の混在

文書全体を通じて、「理工系人材不足の解消」「文系・理系比率の是正」という政策的・経済的目標と、「理科を好きになる子どもを育てる」という教育的目標が混在している。理工系人材確保を意図した制度設計が子どもの内発的な理科への興味を育むことにつながるかどうかは、必ずしも自明ではない。特に「2040年に文系・理系比率を同程度にする」という政策目標が、子どもの進路選択の自由や学校現場の指導に対して上位の目標として機能し始めた場合、教育の目的論的な歪みが生じる懸念がある。

教育課程部会 理科ワーキンググループ(第9回) 配付資料
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