
「なぜ断れないのか」と問われたとき、多くの教員が言葉に詰まるのは当然の結末かもしれない。そこには目に見える強制もなければ、明確な形をとった命令も存在しないからである。ただ、気づいたときには「引き受ける」という選択肢しか残されておらず、拒絶を考えようとすると、目に見えない何かが胸を圧迫し、結果として「はい」と言わされてしまう。これは個人の意志の弱さといった倫理的な問題ではなく、日本人が古来、組織において直面してきた「システム」そのものの問題なのである。
かつて大東亜戦争の戦場では、敵前逃亡は陸軍刑法上もっとも重い罪の一つとされ、露見すれば軍法会議を経て死刑を科されることもあった。ソ連軍や当時の中国軍で確認されているような、退却する自軍兵士を背後から射殺するために配置された「督戦隊」という部隊が、日本軍に制度として存在したことを裏付ける確たる史料は、実のところ見当たらない。だが、法と処罰という姿をとった「逃げれば命を失う」という即物的な「強制のシステム」は、確かに存在した。では、現代の学校現場における督戦隊はどこにいるのだろうか。
国会が法律を作り、文科省が通知を出し、都道府県の教育委員会が数値目標を設定して視察を送り込む。さらに市区町村の教育委員会がデータを可視化して競争を煽り、最終的に校長が末端の教員と対峙する。一見すると、これは五層に及ぶ巨大な伝達系であるが、奇妙なことに、どの階層を見渡しても「督戦隊の銃」は見当たらない。
最上流の国会議員は、立法という形で枠組みを決める。「教育は政治から独立すべきだ」という神聖不可侵の建前が存在するが、これ自体が現状を維持するための強固なフィクションにすぎない。教育政策とはその端緒から政治そのものであり、そしてその政治家を選んでいるのは、他ならぬ「国民」という共同体である。
一方、文科省もまた直接の督戦隊ではない。彼らは言わば「戦場の設計者」である。「見える化」と称する調査で労働時間データを吸い上げ、「好事例」という名のマニュアルを流通させる。この設計によって、現場が自動的にある一定の方向へ流れるような「地形で支配するシステム」が完成する。彼らは前線の泥濘を見ていないがゆえに、「改革は着実に進展している」という机上の認識を維持できる。ここには意図的な悪意など必要ない。ただ事務的にシステムが機能していれば、それで十分なのである。
しかし、現代の教育現場において、この官僚的システムとは別個に、より非合理的で強烈な恐怖を突きつける「もう一つの督戦隊」が、外部から突出してきた。近頃しきりに問題視される「クレーマー保護者」と呼ばれる存在がそれである。 彼らは法的な根拠や客観的な合理性ではなく、「親の感情」という絶対的な正義を盾に、理不尽な要求を学校へとねじ込んでくる。これは組織の外側に突如として現れた、もう一つの銃口に他ならない。
このとき、日本的組織が持つ宿痾が露呈する。本来、前線の兵士を守るべき防壁であるはずの管理職——校長や教頭——あるいは教育委員会は、このクレーマーという督戦隊の銃口に脅かされるや、たちまち機能不全に陥るのである。 彼らの多くは、かつて自身も前線で戦った教員であり、現場の辛苦を骨の髄まで知っている。しかし、ひとたびクレーマーの放つ「世間の批判」や「事なかれ主義」の空気に包まれると、上層部は自らが生き残るために、その圧力をそのまま末端の教員へと横流しする。彼らはクレーマーという督戦隊の意向を現場へ浸透させる忠実な結節点となり、自分が「見えざる督戦隊」の歯車になっていることに気づかないまま、かつての同僚に「お前の対応が悪い」と圧力をかける。 これこそが、日本的組織が持つ最も厄介な性質である。そこには悪意がない。それゆえに対話が成立しない。「あなたのためを思って」「ここは丸く収めるために」という善意と妥協の言葉こそが、実は銃口を覆い隠す最も一級の遮蔽物となってしまうのである。
しかし、最終的に教員の退路を断つのは、これら外部からの銃撃ではなく、彼らの内側に潜む「規範」である。 「子どものために」という絶対的なドグマが内面化されている限り、背後から脅す銃など最初から不要なのだ。教員は自ら進んで退路を塞ぎ、自己犠牲の泥沼へと歩を進めていく。内外の督戦隊が銃を見せないのは、見せる必要が完全に消失しているからに他ならない。
そして驚くべきことに、このシステムは教員という被害者を生み出すだけでなく、同時に彼らを加害者へと仕立て上げる。教室の中で、教員はこれと全く同じことを生徒に対して行っているからである。
かつての教育は、叱責や罰則という「目に見える銃」によって生徒を動かした。しかし現代の教育技術は、「自分で考えさせる」「主体的な学び」という美しい言葉のもとで、生徒が「自発的に」望ましい枠組みへと収まるよう、極めて洗練されたコントロールを行うようになった。強制が消滅したのではない。それはただ、心理的な「空気」の中に完全に隠蔽されただけなのである。
こうして育てられた生徒は、やがて成人して「国民」となり、ある者はまた「保護者」となる。そして忘れてはならないのは、前線に立つ教員自身もまた、学校を一歩出ればこの「国民」の一員に他ならないという事実である。
彼らは皆、一様に「教育とはこうあるべきだ」「学校たるもの、これだけのサービスを提供すべきだ」という、戦後日本が肥大化させてきた情緒的な規範を等しく内面に抱えている。それが、あるときは「クレーマー保護者」としての不条理な要求となって学校を外側から銃撃し、またあるときは、教員自身の内側から「自分はまだ努力が足りないのではないか」という自己弾劾の銃口となって自らを撃ち抜く。
ここには、外部から不当に抑圧してくる絶対権力者は存在しない。弾を込めているのも、引き金を引いているのも、そして撃たれているのも、すべて同じ規範を共有した身内同士なのである。社会全体が、自らを縛り上げるシステムを、自らの手で忠実に再生産し続けている。誰も悪人はいない。しかし、この内なる円環は、誰かがその欺瞞を直視し、言語化しない限り、永久機関のように回り続けるだろう。
このシステムの全貌を理解したからといって、免罪符が得られるわけではない。教員は被害者であると同時に、この「空気」の確信犯的な担い手であり、保護者も、国民もまた同様である。 しかし、自らを縛る「空気」の正体を見極めることができたとき、我々は初めて、教室の教卓において、あるいは保護者としての家庭において、あるいは投票所の記述台において、ほんの少しだけ自らの立ち位置を自発的に選ぶ自由を手にすることができるのではなかろうか。


