第19回:傷つきが権力になるとき① 教員の過労死は、死なないと露呈しない——ケアの非対称性と沈黙の構造

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なぜ教員は、限界を超えても「苦しい」と言わないのか。
それは弱さではない。言葉を封じる構造が、そこにある。

「先生のくせに」という封印

ある教員が、こんなことを語ってくれた。月100時間を超える残業が続いたある時期、毎日のように微熱が出ていた。アルコールにも以前より酔いやすくなっていた。今にして思えば、体が限界に近づいていたのだろう——と。

しかし、そのことは誰にも言わなかった。「先生のくせに弱音を吐くのか、と思われる」から。

この「先生のくせに」という言葉は、「男のくせに」と同じ構造を持っている。属性に役割を縛りつけ、そこからはみ出すことを恥とみなす。苦しいと言った瞬間、「あなたはその役割にふさわしくない」という烙印を押される——その恐怖が、助けを求める言葉を封じる。

助けを与える側は、助けを求められない

教員は、社会から「助ける側」として定義された存在だ。児童生徒が苦しめば助けを求められ、助けられなかったときは糾弾される。その構造自体は、ある意味で教員が引き受けてきた責任でもある。

しかし、その教員自身が助けを必要としているとき、助けはどこからも提供されない。

これは学校という組織の特殊性とも関わっている。教職員は、生徒に対して親のように振る舞うことを求められる。そして親が子に泣き事を言うことは——それ自体が一種の加害行為とみなされる。関係の逆転であり、秩序の崩壊であり、「あってはならないこと」として処理される。だから教職員は、弱みを外に漏らすことができない。構造としてそうなっている。

死ぬ前に話すと「先生のくせに」と言われる。
死んで初めて「話してほしかった」と言われる。 ——この矛盾の中で、教員は今日も黙って働いている。

「秘すが花」の暴力性

世阿弥の言葉「秘すれば花」は、能の奥義として語られる。しかしこの言葉は、教育現場において別の意味を帯びる。苦しみを秘めることが美徳とされ、沈黙が「プロフェッショナルの証」として称えられる。

この美化こそが残酷だ。「秘すが花」という言語化は、苦しみの告白を封じる文化的な装置として機能する。沈黙を強いるのではなく、沈黙を美しいと教えることで、当事者は自ら口を閉ざす。

「破れかぶれ」の無敵状態

苦しいと言えないとき、人はどうなるか。限界が見えなくなる。正確には、限界を「見ない」ようになる。

過労の蓄積がある閾値を超えると、逆説的な開放感が生まれることがある。「毒を食らわば皿まで」——どうせ休めないなら、限界まで働こう。どうせ誰にもわからないなら、消えるまでやり続けよう。この「破れかぶれの無敵化」こそが、外からは最も見えにくい状態だ。疲弊しているのに、むしろ活動的に見える。誰も止めに入れない。

この状態は、本人の意志の弱さでも強さでもない。言葉を奪われた人間が生き延びるための、ある種の適応反応だ。

なぜ、死ぬまで露呈しないのか

こうして構造を辿ると、なぜ教員の過労死が「死なないと露呈しない」のかが見えてくる。

苦しいと言えない。限界が外から見えない。本人も限界を認められない。破れかぶれに働き続ける。——そして死、あるいは精神的崩壊によって初めて、問題が「見える」ものになる。

死は、唯一封印を破る出来事だ。遺族が語り、同僚が証言し、記録が掘り起こされる。それまで誰にも見えなかったものが、突然「社会問題」として浮上する。しかし、それは既に遅すぎる。

「見えない苦しみ」を可視化するために

だとすれば、必要なのは「言える環境」を事後的に整えることではなく、言えない構造そのものを記録し、問い直すことだ。

勤務実態を数字として蓄積すること。自分の労働時間を、自分のために記録すること。それは単なる管理ツールではなく、封じられた言葉の代わりに事実を語らせる行為だ。

「先生のくせに」という言葉が飛んでくる前に、データがある。その構造を変えることが、過労死のサイクルを断ち切る最初の一歩になると、私は考えている。

※ 本コラムに登場する「ある教員」の語りは、複数の当事者から寄せられた声をもとに構成しています。

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