
要約
本事業は、2019年法改正以降段階的に進められてきた学習者用デジタル教科書の導入を、中央教育審議会「デジタル教科書推進WG」審議まとめ(2025年)が示した「紙だけでなくデジタルも教科書として認める」という方針の検討材料とすべく、エビデンスを収集・整理する目的で実施されました。3つの調査研究から構成されています。
①大規模アンケート調査等は、全国の小・中学校の教員・児童生徒を対象に標本誤差±2.5%(信頼水準95%)を目標として標本設計を行い、教員約9,000人、児童生徒約4万人超から回答を得ています。主な結果として、教師の授業中使用頻度は4年連続で上昇し約7割が4回に1回以上使用していること、約66%の教師が「学習内容を視覚的に確認する場面」などで授業改善効果を実感していること、デジタル教科書を「いつも使う」児童生徒群は内容理解・主体的な学びの肯定的回答割合が他群より高い傾向にあること、姿勢や教科書との距離など健康面の指標は前年度より改善していること、などが示されています。一方で、教師の課題感としては「ID・パスワード等の設定作業」(41.7%)や「フリーズ・エラー対応、ログインの手間」(37.8%)といったシステム面の負担が依然として高水準で残っており、「活用方法の情報不足」は年々減少(48.3%→32.0%)している一方、設定作業負担は明確な改善傾向が見られません。
②授業改善に関する調査研究は、外国語・算数・国語・理科・社会の主要5教科で、全国5校(鹿屋市立鹿屋中学校、越前町立糸生小学校、奈良市立ならやま小中学校、山都町立矢部中学校、深谷市立藤沢中学校)を選定し、有識者の指導助言の下で実践を重ねた事例研究です。書き込み機能・拡大機能・動画/シミュレーション機能・本文抜き出し機能などが、個別最適な学びと協働的な学びの双方でどう機能するかを教科横断的に整理しています。
③研修に関する調査研究は、埼玉・福井・奈良・熊本・鹿児島の5県教育委員会と連携し、教員の活用段階を「Step0(意義を知る)」から「Step3(新たな学び方を追究する)」までの4段階に整理した上で、各段階に応じた研修設計のポイントを提示しています。指導主事自身がデジタル教科書の操作経験不足から指導助言に自信を持てない、という課題も指摘されています。
なお、報告書自身が「経年変化分析の留意点」として、回答者の教科構成比の変化が見かけ上の経年変化に影響しうることを認め、補正分析でその影響が最大1.3%程度であることを確認するなど、相応の方法論的な慎重さは払われています。
現場視点の一般的な懸念
- 相関と因果の混同リスク:「使用頻度が高い児童生徒ほど内容理解・主体性の肯定的回答が多い」という結果は、報告書も「推察される」と慎重な書き方をしていますが、政策論議の場では因果関係(デジタル教科書の活用が学びを向上させる)として一人歩きしやすい構造です。元々学習意欲が高い、あるいは指導力の高い教師が使用頻度を高めているという逆方向の可能性は排除されていません。
- 抽出校バイアル:授業改善調査研究・研修調査研究とも、有識者の指導助言を受けながら取り組む「選ばれた」実証校・実証県を対象としています。ここで得られた効果的な活用ポイントが、有識者の伴走支援のない一般校でも同様に再現できるかは別問題であり、好事例が「全国の標準的な現場で実現可能なこと」であるかのように受け取られる懸念があります。
- システム面の負担が高止まりしている実態:「活用方法の情報不足」は年々改善している一方、「ID・パスワードの設定作業」(41.7%)や「フリーズ・エラー対応」(37.8%)といった、教師個人の習熟度ではなく学校のICT環境・自治体のシステム整備に起因する負担は、使用歴の長さに関わらず約4割の教師が課題として挙げ続けています。これは個々の教員の努力では解決できない構造的負担であり、報告書内でも「習熟度に依らない共通的な課題」と整理されています。
- 研修負担の細分化が現場の負荷増につながる可能性:研修調査研究は教員を4段階(Step0~3)に分けたきめ細かい研修設計を提言していますが、これは教育委員会・指導主事側の企画工数の増加を意味します。報告書自身が「指導主事が知見・経験不足からボトルネックとなっている」と指摘しており、研修の高度化・細分化を担う人的体制が追いついていない状況で、設計だけが精緻化される懸念があります。
- 「活用の目的化」への警鐘と現実の乖離:研修ポイントの一つとして「活用自体が目的化しないよう意図を意識させる」ことの重要性が明記されていますが、これは裏を返せば、現場では既に活用そのものが目的化しがちな実態があることを示唆しています。デジタル教科書の使用頻度や研修受講率といった定量指標が、教育委員会・学校の評価指標として機能し始めると、この警鐘自体が形骸化するリスクがあります。
- 教科間・学年間の偏り:英語・算数数学以外の教科(国語・理科・社会等)はデジタル教科書配布校がまだ少数で、標本誤差が大きい区分が複数存在します(報告書内でも「標本誤差10%超」のセルに◆印を付して明示)。今後紙とデジタルを併存させる新たな教科書制度の検討材料とするには、データの厚みが教科によって著しく不均一な点に留意が必要です。
現場視点の一般的な懸念を踏まえた改善提案
教科間でデータの厚みに偏りがある現状を踏まえ、国語・理科・社会等への配布拡大を急ぐ際にも、英語・算数数学で確立した分析手法をそのまま適用するのではなく、教科特性(資料の多さ、長文読解の必要性等)に応じた効果検証の設計を別途行う必要がある。
効果分析を政策資料として用いる際は、使用頻度と学習成果の関連を示すグラフに「相関関係であり因果関係を主張するものではない」旨を本文だけでなく図表の脇にも明記し、二次利用(自治体説明資料や報道)での因果関係化を防ぐ工夫をする。
実証校・実証県の好事例を全国展開する際には、有識者の伴走支援なしでも同等の研修・授業改善が成立する「標準モデル」を別途整理し、支援リソースの少ない自治体・学校でも実行可能な簡易版の提示を行う。
システム面の課題(ID・パスワード設定、フリーズ・エラー対応)について、研修内容の充実だけでなく、教科書発行者・自治体のICT基盤側での恒久的な技術的対応(シングルサインオン化、エラー発生率の低減目標設定など)を、教員研修と並行した検討課題として明確に切り分ける。
研修の段階別設計を導入する際は、指導主事・教育委員会側の追加工数を定量的に見積もり、必要な人員・予算措置とセットで提言する。指導主事向け研修についても、操作経験の不足を補う「最低限必要な体験時間」を制度的に確保する。
「活用の目的化を避ける」という指摘を実効性あるものにするため、使用頻度等の定量指標を学校評価や研修効果測定の唯一の基準としないよう、定性的な学習効果(理解の深まり、主体性の変化等)を測る指標もあわせて重視する運用方針を明示する。
令和7年度 学習者用デジタル教科書の効果・影響等に関する実証研究事業
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/digital/mext_03528.html
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