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要約
令和8年5月22日に開催された科学技術・学術審議会大学研究力強化部会(第8回)では、有限責任監査法人トーマツによる委託調査報告と、事務局による「これまでの議論の整理」という二本立ての議事が展開された。トーマツの調査は、大学が外部資金の間接経費や運営費交付金の一部を積み上げて形成する「戦略的裁量経費」の実態、および名古屋大学・九州大学を事例とした研究大学に求められるコミットメントの二本柱で構成され、40年以上前の基礎研究投資が現在の産学連携拠点形成に結実するまでの長期的な年表を提示するなど、示唆に富む内容だった。一方で質疑では、この調査結果を素直に評価する声だけでなく、投資のアウトプット・アウトカム評価の難しさ、繰越し制度の制約、教育経費や国際化との切り分けの不透明さなど、実務上のひずみを突く質問が相次いだ。
後半の「これまでの議論の整理」は、2月から3回にわたる有識者ヒアリングの内容を、大学マネジメント・研究マネジメント・産学連携・人材育成という4つの観点に整理し直したもので、「産業競争力・研究力中核大学群」という新たな政策枠組みの検討が今後進むことを見据えたたたき台という位置づけである。委員からの意見は総論としては賛同が多かったものの、その内実には温度差があった。部会長の千葉委員は「コミットメント」という言葉の重さを強調し、荒金委員や片田江委員は「経営人材」という語の抽象性・粒度の粗さを指摘した。西村委員は運営費交付金依存という構造そのものに踏み込み、私立大学の自主自立モデルとの対比から国立大学のガバナンス改革の必要性を提起した。河原林委員は人材育成の議論が博士課程以降を前提としている点に強い違和感を示し、国際的には20代半ばから第一線で活躍する情報系人材の実態とのギャップを訴えた。
全体として、この回の議事録は「大学の経営努力」を可視化する調査結果と、「まだ制度設計に落とし込まれていない多くの構造的課題」という二つの層が併存する内容になっている。とりわけ、戦略的経費のような大学の自助努力による工夫が紹介される一方で、その工夫を可能にする前提条件(ガバナンス体制の成熟度、繰越し制度の柔軟性、経営人材の待遇)が大学間で大きく異なることが、委員自身の発言からもにじみ出ている。この落差をどう埋めていくかが、今後の部会の実質的な論点になりそうである。
現場視点の一般的な懸念
懸念①:投資効果の評価基準が各大学任せで、外部からの説明責任に耐えられない トーマツの調査担当者自身が「アウトプットの成果の評価は様々」「本当に全て数字を積み上げて成果を説明できているのかというと、なかなか難しい」と率直に認めているように、戦略的経費の投資対効果を測る統一的な物差しは存在しない。那須委員や西村委員が指摘した通り、KPIと紐付けて評価している大学がある一方、通常の予算プロセスの中で確保された戦略的経費は評価の判断軸すら曖昧なままである。現場の研究者や事務職員からすれば、自分たちの活動がどのような基準で「評価されている」のかが見えないまま、説明責任だけが将来的に降りてくるリスクがある。
懸念②:繰越し制度の硬直性が、現場の中長期計画を毎年度リセットさせている 野口委員が指摘したように、国公立大学では予算の繰越しに制度上の制約が強く、複数年度にまたがる戦略的投資の実行可能性が私立大学に比べて限定的である。制度側の柔軟化は「まだまだ足りない」とトーマツの担当者も認めており、現場では年度末に近づくたびに予算執行の帳尻合わせに追われる構造が温存されたままになっている可能性がある。
懸念③:「経営人材」「マネジメント力」という言葉が、具体的な処遇・体制整備を伴わないまま独り歩きしている 荒金委員は事務局資料の「経営層」という表記の粗さを、片田江委員は「研究をマネジメント・プロデュースできる人材」と「スタートアップのストックオプション管理」が同列に並べられている粒度のずれを、それぞれ指摘した。飯田委員も、大学と企業の間には働き方・意思決定プロセス・DX環境に大きな差があり、それを埋めない限り優秀な人材は大学に来ないと述べている。現場としては、抽象的な人材像の提示だけが先行し、実際の採用条件や業務環境の改善が追いつかない懸念がある。
懸念④:運営費交付金依存という構造問題が、個別施策の効果を相殺しかねない 西村委員が踏み込んで提起したように、国立大学の運営費交付金への依存構造そのものが、経営マネジメント人材をどれだけ配置しても大学の本質的な最適化を阻む要因になっている可能性がある。これは戦略的経費の工夫や人材確保といった個別施策では解決できない、より根本的な財政構造の問題であり、部会の議論がここまで踏み込めるかどうかは不透明である。
懸念⑤:人材育成のタイムラインが、実際に活躍が期待される年齢層と乖離している 河原林委員は、情報系分野において世界の主役が20代半ばから30歳前後であるのに対し、議事録内の人材育成論はほぼ博士課程以降を前提としていると指摘した。分野特性による時間軸のずれを考慮しない一律の「人材育成」施策は、成長の早い分野において機会損失を生む懸念がある。
懸念⑥:縮小傾向にある分野・日本に存在しない分野への目配りが、17分野中心の枠組みの中で埋没しかねない 大野部会長代理が挙げた造船・冶金といった伝統的だが縮小傾向にある分野、およびサイバーセキュリティのように国際的には確立しているが日本の研究大学にほとんど存在しない分野は、政府の掲げる成長17分野を中心とした支援枠組みの中では優先順位が下がりやすい。現場レベルでは、こうした分野に携わる研究者・学生ほど将来への不安を強めているという新福委員の発言も、この懸念を裏付けている。
現場視点の一般的な懸念を踏まえた改善提案
改善提案①:投資効果評価のための共通フレームワークと、非財務情報を含む多元的な評価軸の整備 大野部会長代理が述べた「お金に換算できる部分とそうではない部分(非財務情報)を踏まえて成果を測るべき」という視点を制度化し、各大学が独自に判断するのではなく、部会として最低限の共通評価軸(例:人材育成への波及、萌芽的研究への投資比率、部局横断プロジェクトの立ち上がり数など)を提示することが望ましい。これにより、大学間の説明責任の差が現場の負担格差に転嫁されることを防げる。
改善提案②:繰越し制度の柔軟化を、財務省協議の進捗を明示した工程表付きで進める 繰越しの柔軟性向上は文部科学省として既に財務省と折衝が進んでいるとされるが、現場が中長期計画を安心して立てられるようにするには、いつまでにどの程度の柔軟化が実現するのかという工程表の明示が必要である。制度改善の見通しが立たないまま「柔軟化を目指す」という方針だけが繰り返されると、現場の計画は依然として単年度主義に縛られたままになる。
改善提案③:「経営人材」を機能別に分解し、それぞれに対応した処遇・組織体制のモデルケースを提示する 片田江委員が指摘した粒度のずれを踏まえ、研究プロデュース人材、知財・契約交渉人材、資本戦略人材などを機能別に切り分けたうえで、それぞれについて報酬体系、DX環境整備、チーム組成の裁量といった具体的な受け皿の整備方針を部会として示すべきである。抽象的な「経営人材確保」というスローガンではなく、機能ごとの人材市場の実態に即した処遇設計が必要になる。
改善提案④:運営費交付金依存の構造分析を部会の正式な検討項目に加える 西村委員の提起した構造的論点は、個別大学の工夫では解決できない性質のものである。部会としてこの論点を一過性の感想発言で終わらせず、諸外国(欧州の国主導モデル、米国の自主財源モデルなど)との比較分析を含めた正式な検討テーマとして位置づけ、運営費交付金の性格そのものを再定義する議論につなげることが望ましい。
改善提案⑤:分野特性に応じた人材育成タイムラインの複線化 情報系のように早期に第一線で活躍する人材が求められる分野については、大学院入学前からのキャリア形成支援を含めた早期育成トラックを別立てで検討する。博士課程以降を前提とした画一的な人材育成モデルから脱却し、分野ごとの人材輩出サイクルの違いを反映した複線的な制度設計が求められる。
改善提案⑥:縮小・不在分野への支援を、成長17分野の枠組みとは別建てのインセンティブとして制度化する 大野部会長代理が指摘した造船・冶金のような縮小傾向にある基盤分野、およびサイバーセキュリティのような不在分野については、成長17分野を中心とした支援スキームの中に埋没させるのではなく、国として維持・再興すべき分野を別枠で指定し、独立したインセンティブ設計を行うことが望ましい。これにより、現場の研究者が「重点分野に入らなければ将来がない」という不安を抱える構造そのものを緩和できる可能性がある。
科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録
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