【現場視点】デジタルな形態を含む教科書の発行・採択等の指針に関する検討会議(第4回)配布資料

デジタルな形態を含む教科書の発行・採択等の指針に関する検討会議(第4回)_配布資料_1

要約

令和8年8月3日に開催された「デジタルな形態を含む教科書の発行・採択等の指針に関する検討会議」第4回では、児童生徒の発達段階、健康への影響、学力等への効果・影響と諸外国の動向、そして学習活動における「手書き」の重要性という4つの論点が、委員および外部有識者のヒアリングを通じて集中的に議論された。会議の位置付けとしては、令和7年9月の中教審デジタル教科書推進ワーキンググループ審議まとめを受け、令和12年度から本格導入が見込まれる「デジタルな形態を含む教科書」の発行・採択・使用に関する大臣指針の策定に向けた実質的な検討が進められている段階にある。

発達段階に関する報告では、東京大学の野澤祥子氏が紙とデジタルの「読み」への影響に関する近年のメタ分析・系統的レビューを紹介し、単純な「デジタル劣位」ではなく、物語理解か語彙かという読解の側面、拡張機能の使い方、子どもの特性、学校か家庭かという文脈によって効果が異なることを示した。特に、学校場面では家庭よりも「スクリーン劣位効果」が強く現れる可能性が指摘され、PISA2022ではOECD平均で約3割の生徒が数学授業中に自分の端末で注意をそらされると回答した一方、日本ではわずか5%にとどまるという対照的な数値も示された。法政大学の渡辺弥生氏は、紙かデジタルかという二項対立ではなく、注意制御・ワーキングメモリ・メタ認知といった認知的発達段階と、ソーシャルスキル・感情リテラシーといった非認知的発達段階の双方に即して機能を使い分けるべきだとする枠組みを提示した。

健康への影響については、東北大学の細田千尋氏が、米国国立衛生研究所が支援する大規模縦断研究ABCD Study(9〜12歳、対象約1万1800人)の知見を中心に報告した。同研究では、スクリーンメディア利用と脳機能・脳構造の関連は効果量にしてβ0.1未満と極めて小さく、認知能力や精神的健康の10指標のうちスクリーンタイムが予測に寄与したのは語彙スコアのみであったことが示された。細田氏自身、スライド中で「科学的にはその悪影響については、未だ不確実」であり、多くの政策が「科学的コンセンサスをはるかに上回って作られている」と明記しており、この会議に提出された資料の中でもとりわけ慎重な留保が付されている。

学力等への効果・影響と諸外国の動向に関する事務局資料(資料4)は、現行のデジタル教科書を「いつも使う」と回答した教師・児童生徒ほど授業理解や主体的な学び、教科を好きになった割合が高いという大規模アンケート結果、および全国学力・学習状況調査における授業理解・主体的な学び等と正答率の相関関係を示した。諸外国の動向としては、教科書として紙の図書のみを認める制度を持つ国はほとんどないとした上で、デジタル教科書を推進する韓国・エストニアが国際学力調査で上位にある一方、スウェーデンでは2022年のPISA成績低下を受けデジタルから紙へ回帰する動きがあるとされつつも、スウェーデン教育庁自身は学習目的のICT利用とPISA成績との相関は明確でないと分析していることが紹介された。また、シンガポールが2021〜2022年の試行結果を踏まえ、小学生への1人1台端末配布について「発達段階に見合わない」として2023年に見送りを決定した事例も示された。

最後に、「手書き」の重要性に関する資料5は、令和7年9月の中教審審議まとめおよび国会答弁を引用し、デジタルを活用する場合であっても書く作業による記憶・理解の定着や、紙とデジタルを組み合わせた実証研究校の授業実践例を紹介した。

これら5本の発表資料と5本の参考資料は、いずれも「紙かデジタルかの二項対立を超えて」という共通の結論に収斂しているようにみえる。しかし、資料ごとに提示されるエビデンスの厚みや留保の付し方には少なからぬ差があり、また参考資料4に整理された委員の過去の発言の中には、資料3が示した「効果は極めて小さく科学的合意もない」という知見とは温度差のある、諸外国では紙の教科書の方が学習効果が高いといった伝聞的な言明も見られる。現場に指針として下りてくる際に、こうした厚みの違いがどこまで維持されるのかは、この会議資料だけでは判然としない。

現場視点の懸念

1. 累積的負担の認識不足 現場では、GIGAスクール構想による端末環境整備、実証研究への協力、健康影響ガイドラインの遵守、手書き機会の確保、そして採択に際してのデジタルコンテンツ全数調査など、複数の要請が同時並行で積み重なっている。参考資料4に整理された委員意見でも「デジタルな形態を含む教科書の採択に当たって、格納された全てのデジタルコンテンツを調査するためには、相当な時間と労力がかかる」との懸念が第1回会議から示されているが、これが採択権者(教育委員会)だけでなく、日々の授業設計・健康管理・手書き指導を同時にこなす教師個人にどれほどの累積的負荷として跳ね返るかについては、本資料群では各論点が個別に検討されるにとどまり、負荷の総量として横断的に評価されていない。

2. 使用頻度という指標の自己目的化リスク 資料4は「いつも使う」教師・児童生徒ほど授業理解等に肯定的という相関を繰り返し示しているが、これはあくまで使用頻度と主観的評価の相関であり、デジタル教科書使用が理解を高めたのか、もともと理解度の高い児童生徒・意欲的な教師が頻繁に使用する傾向にあるのかという因果の方向は資料からは判別できない。にもかかわらず「約7割の教師が4回に1回以上の授業で活用」という頻度指標が一種の到達度の代理指標として資料の随所で強調されており、今後の指針策定において「使用頻度を上げること」自体が目的化する懸念がある。

3. 個人の努力・工夫への帰属 健康への影響をめぐる委員意見では「問題は、健康に関するガイドラインが学校現場で守られているかであり、ガイドラインで求められているような内容を指導できる教師の育成が一つ課題」「家庭学習時の教科書の使い方までは把握できないため、保護者への啓発も併せて必要」といった発言が並ぶ。健康影響というシステムレベルの課題が、最終的には個々の教師の指導力や個々の家庭の啓発意識という個人単位の努力に帰着させられる構図が見て取れ、教材設計や制度上の歯止め(使用時間の技術的制御等)といった構造的対応の検討は資料上手薄である。

4. 地域間格差の構造的放置 参考資料5では、私立学校における1人1台端末対応の校内通信ネットワーク整備が令和6年度末までに約9割完了とされる一方、残る約1割は整備完了時期が「未定」とされたままである。また、フィンランドの事例紹介では自治体ごとにデジタル教材比率の目標を独自に設定する例(イカーリネン市40%など)が肯定的に取り上げられているが、日本国内における地域・学校間の整備格差やその財政的な埋め合わせ策については、諸外国動向の紹介に比べて手薄であり、「多様な自治体の裁量」という理念が、実質的な格差の追認にすり替わらないかが懸念される。

5. デジタル活用自体の自己目的化 委員意見(論点③)には「授業そのものよりも、機能の探索やアプリケーションの可能性に没入してしまう可能性がある」「タブレットを用いて協働的な学習をする場合、他の児童生徒の顔を見ず、画面を見て会話してしまうことがある」といった、デジタル活用が学習目的から逸脱するリスクへの言及が複数見られる。PISA2022データでもOECD平均で約3割の生徒が授業中に自分の端末で注意をそらされると回答しており、日本の数値(5%)との落差は現状評価にとどまらず、今後端末活用場面が拡大した際にこの落差がどう推移するかという予測的な検討が資料からは読み取りにくい。

6. エビデンスの厚みの不均衡と伝聞化のリスク 資料3(脳科学・心理学の系統的レビュー)は、スクリーン利用と脳発達の関連について効果量がβ0.1未満にとどまり科学的合意もないことを明記するなど、極めて慎重な留保を付している。一方、参考資料4に集約された過去の委員発言には「フィンランドとかシンガポール等の先行国においては、学年や基礎的な学力を身につける学習指導では、紙の教科書の方がより学習効果が高い可能性があると示されていると承知」という、原典の厳密さに比べてやや粗い伝聞的な要約も含まれている。会議資料内部でエビデンスの精度に差がある状態のまま指針策定に向けた議論が積み重ねられていくと、最終的な大臣指針において、慎重な留保が失われたまま強い結論として現場に提示されるリスクがある。

改善提案

1. 累積負担の可視化 教科書課において、GIGAスクール環境整備・実証研究協力・健康ガイドライン運用・手書き指導・デジタル教材採択審査等、教師・教育委員会に課される個別要請を横断的に棚卸しし、年間の総業務量として可視化した資料を、今後の検討会議に提出することが望ましい。個別の論点ごとの検討にとどめず、負担の総量を把握した上で優先順位付けや業務の外部支援策(採択審査における国レベルでの共通調査基盤の整備等)を検討すべきである。

2. 使用頻度以外の効果指標の併用 今後の実証研究事業においては、使用頻度と主観的評価の相関だけでなく、対照群を伴う準実験的デザインや、児童生徒の特性(デジタル習熟度、学力層等)で層別した分析を組み込み、頻度そのものを目標化しないような指標設計に改めることが必要である。指針の中でも「使用頻度」を推奨の直接的な根拠として用いないよう留意すべきである。

3. 制度・環境面での構造的対応の明記 健康影響への対応については、教師個人の指導力や家庭への啓発だけに依存せず、端末側での使用時間管理機能の標準搭載や、養護教諭・学校保健と連携した組織的なモニタリング体制の整備など、制度・技術両面での構造的対応を大臣指針に明記することが望ましい。

4. 地域間格差解消の財政的裏付けの明示 私立学校の通信ネットワーク未整備校(整備完了時期未定の約1割)をはじめ、地域・学校種による整備格差の実態調査とその解消に向けた財政支援策を、諸外国事例の紹介と同等以上の分量で指針案に盛り込み、「自治体の裁量」を尊重する記述と併せて、格差是正を下支えする予算措置を明示すべきである。

5. 目的外使用リスクの継続的モニタリング PISA等の国際比較データにおける授業中の注意散漫の実態について、日本国内でも同種の設問を用いた継続調査を実施し、端末活用場面の拡大に伴う目的外使用リスクの推移を経年で把握できる体制を整えることが必要である。あわせて、情報活用能力の育成強化策と一体的に、目的外使用を抑制する技術的措置(学習アプリの管理機能等)の標準仕様化を検討すべきである。

6. エビデンスの厳密さに応じた記述の階層化 大臣指針の策定に当たっては、査読付き研究に基づく知見(資料3等)と、委員のヒアリングに基づく所感・伝聞情報(参考資料4等)とを明確に区別して記載し、後者を根拠として断定的な表現を用いることを避けるべきである。特に諸外国の動向を紹介する際には、当該国の政府・研究機関自身による分析(スウェーデン教育庁のPISA分析等)を一次情報として優先的に参照し、伝聞的な要約に依拠した記述を最小化することが望ましい。

デジタルな形態を含む教科書の発行・採択等の指針に関する検討会議(第4回) 配布資料
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/mext_02394.html

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