教育課程部会 体育・保健体育、健康、安全ワーキンググループ(第9回)議事録 分析 「余白」の理念と現場実装の距離――高次の資質・能力を軸とした指導・評価改善案の可能性と危うさ

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要約

本会議(令和8年4月24日開催)は、次期学習指導要領改訂に向けて、体育・保健体育の指導と評価の改善・充実をテーマに、前半・後半の二部構成で審議が行われた。

前半では、事務局(赤間企画調整室長)より、①学習内容の精選による「余白」創出、②デジタル学習基盤のさらなる活用、③調整授業時数制度の活用という3つの論点が提示された。①については、現行学習指導要領の運動領域が具体的な運動種目を限定的に示す記述となっており、これが教師・児童生徒双方にとって「習得しなければならない」という義務感を生み、内発的動機づけや多様性包摂の妨げになっているとの問題意識が示された。小学校1〜4年生(運動の基礎を培う時期)は動きを軸に、5年生以降は運動・種目の示し方をより柔軟にする方向性が提案された。②では、動画撮影による技能確認等ICT活用の日常化と、機器操作の目的化・身体活動量の確保という留意点が示された。③調整授業時数制度は、標準授業時数の一定割合を捻出し既存教科への上乗せや新教科設定、裁量的時間への充当を可能にする制度で、体育・保健体育における活用イメージ(多様なスポーツ経験、外部専門家との連携、地域資源の活用、体育と保健の関連づけ)が例示された。

後半では、「高次の資質・能力」(知識・技能の統合的理解、思考力・判断力・表現力の総合的発揮)を軸とした単元計画づくりの具体イメージが、小学校保健(心の健康)と中学校体育(ネット型バレーボール)の2事例で提示され、デジタル学習指導要領上での単元計画書フォーマット案(14〜15ページ)も示された。

委員からは、「余白」創出が授業時数削減と誤解されることへの強い懸念、「高次の資質・能力」概念の定義・分かりやすさへの疑問、学びに向かう力・人間性等の評価上の位置づけの不整合、デジタル活用の健康面の弊害の欠如、そして多様な特性を持つ子供が新しい枠組みから排除される可能性など、多岐にわたる指摘がなされた。

現場視点の一般的な懸念

第一に、「余白の創出」という理念そのものが現場で誤読されるリスクが繰り返し指摘された点が重要である。中村委員は、精選という言葉が「削減」のイメージで受け止められ、「何を削るか」という後ろ向きの議論に陥りがちな現場の実態を報告しており、斎藤委員も「余白の創出が体育の授業時数削減に繋がる意見ではない」とあえて釘を刺している。理念と現場の受け止め方の間に構造的なずれが生じやすいことは、政策文書がいかに「余白」を前向きな概念として説明しても、実際の運用局面では時数圧縮の口実として機能しかねないという懸念を示している。

第二に、「高次の資質・能力」という中核概念自体の定義の曖昧さが、複数の委員から指摘された。佐藤(豊)委員は新たなスキルと誤解されないかを問い、斎藤委員は事務局案が領域ごとの資質・能力と全領域共通の資質・能力を並列的に示す構成そのものに疑義を呈し、両者を「統合的に理解する力」こそが高次の資質・能力ではないかという根本的な概念設計への異議を述べている。日野委員も「生きて働く」「未知の状況に対応できる」といった修飾語が持つ横の連動性の重要性を指摘しており、これは概念の骨格自体がまだ確定していない段階で、単元計画という実装レベルの資料が先行して提示されていることの危うさを露呈している。

第三に、評価枠組みにおける学びに向かう力・人間性等の位置づけの不整合である。森委員は、総則・評価特別部会の方針では学びに向かう力・人間性等の評価は思考・判断・表現の観点で「◯」付記される一方、知識・技能には付記されないとされているが、体育・保健体育の実践としては両観点に位置づかなければ適切な評価ができないという矛盾を指摘した。単元の目標・評価規準(15ページ資料)にこの観点が反映されていないことは、三つの資質・能力のバランスという体育・保健体育の根幹に関わる欠落として認識されている。

第四に、デジタル学習基盤活用における健康面のリスクへの言及の欠如である。森委員が明確に述べたように、資料はデジタル活用の効果面を中心に構成されており、保健の立場から見た健康上の弊害(視力、姿勢、依存等)についての検討が資料に一切現れていない。ICT活用が体育・保健体育、健康、安全というワーキンググループの名称そのものに関わる健康リスクの議論を欠いたまま推進の方向性のみが示されている点は、政策文書の一貫性の問題として看過できない。

第五に、多様な特性を持つ児童生徒が新しい評価・学習過程の枠組みから排除される危険性である。岡出委員は、心の健康の学習過程イメージ(半円形の図)について、気持ちが落ち込んでいる子供や「もう自分はだめだ」と感じている子供がこの学習プロセスの枠組みに「乗れない」のではないかという疑問を提起し、前島委員も、運動が苦手な子供や合理的配慮を要する子供にとって「できる」の基準がどこにあるのか、評価にどれだけの幅を持たせるのかが明確に示されていないことを、多様性包摂の理念と実装の乖離として指摘している。

第六に、示されたフォーマットや単元計画イメージが、参考例であるにもかかわらず、現場において画一的な「正解」として運用されてしまう懸念である。佐藤(豊)委員は、指導と評価の計画(15ページ)が簡易な様式として一律に示されることで、これまで体育が積み上げてきた構造的な指導内容が失われるのではないかと質問し、事務局・主査ともに「あくまで例示」であることを繰り返し確認せざるを得ない状況が生じている。また岩佐委員、佐藤(若)委員からは、14〜15ページの資料が現場教員にとって直感的に理解できる簡素さを欠いており、十分に活用されないまま形骸化する懸念も示された。

改善提案

第一に、「余白の創出」という用語について、政策文書上で「時数削減ではない」という趣旨を繰り返し明記するだけでなく、実際の授業時数の増減見通し(各教科の標準授業時数がどの程度調整の対象となり得るか)を可能な範囲で定量的に示すことが望ましい。佐藤(豊)委員が具体的な削減時数の見通しを尋ねた背景には、抽象的な理念の提示だけでは現場の不安を払拭できないという現実があり、総則・評価特別部会における全体設計との整合を取った上で、体育・保健体育に固有の時数変動の試算を早期に共有する仕組みが必要である。

第二に、「高次の資質・能力」の定義については、体育ワーキンググループとしての独自案を確定させる前に、領域固有の資質・能力と全領域共通の資質・能力の関係性(並列か統合か)について、委員間での合意形成を優先すべきである。斎藤委員が提起した「統合的理解・総合的発揮こそが高次の資質・能力」という視点は、概念の骨格に関わる論点であり、単元計画の具体イメージ(12〜15ページ)を確定的な参考資料として現場に示す前に、概念定義の議論に十分な時間を確保するプロセス設計が求められる。

第三に、学びに向かう力・人間性等の評価上の取扱いについては、総則・評価特別部会と体育・保健体育ワーキンググループとの間で見解の相違が生じている以上、両部会合同での調整の場を設け、単元の目標・評価規準の記載様式に三つの資質・能力すべてが反映される形を確定させる必要がある。中村委員(総則・評価特別部会委員でもある)を通じた非公式な情報伝達に依存するのではなく、部会間の公式な調整記録として残す運用が望ましい。

第四に、デジタル学習基盤の活用に関する資料には、活用事例や期待される効果と並んで、健康面でのリスク(視力低下、姿勢、long screen timeによる身体活動量減少への影響等)についての節を明示的に追加し、児童生徒自身がそのリスクを理解した上でツールを活用できるよう、指導参考資料に注意喚起の内容を含めることを提案する。これは体育・保健体育、健康、安全ワーキンググループという所管の性質上、当然含まれるべき内容である。

第五に、多様な特性を持つ児童生徒への配慮については、学習過程のイメージ図(半円形モデル)に、心理的に困難を抱える子供や技能面で困難を抱える子供が学習プロセスから排除されないための代替的な支援の道筋を明示的に組み込むべきである。前島委員が指摘した「できる」の基準の幅(合理的配慮を伴う達成をどう評価するか)についても、指導参考資料において具体例(用具の工夫、ルールの工夫、評価の多面性の運用例)を示すことで、抽象的な「多様性の包摂」という理念を現場で判断可能な水準に翻訳する必要がある。

第六に、単元計画づくりの参考資料(14〜15ページ)については、詳細版と簡略版の二段階で提示し、現場教員が最初に参照する簡略版では思考の流れを2〜3ステップ程度に絞り込んだ上で、詳細な構造的背景を知りたい教員向けに現行の詳細版を別途参照可能とする構成にすることを提案する。また、「あくまで参考例である」という位置づけを資料内に明記し、画一的な様式として運用されることを防ぐ注記を付すことも、佐藤(豊)委員らの懸念に応える具体策となる。

教育課程部会 体育・保健体育、健康、安全ワーキンググループ(第9回) 議事録
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/112/gijiroku/mext_00009.html

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