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要約
令和8年5月22日に開催された本ワーキンググループ第5回会合は、6月の取りまとめを見据えた審議の中核回として位置づけられ、三名のゲストスピーカーによる分野別発表とNIIによる海外動向報告が中心となった。
ライフサイエンス分野からは、国立遺伝学研究所・DBCLSの五斗進氏が登壇し、世界で7,000〜1万件に上るデータベース群の統合課題と、FAIR原則に基づく知識グラフ構築(現在2,200億トリプル)の取り組みを報告した。塩基配列については日・米・欧の三極間でデータを常時共有する国際連携体制が確立している一方、論文発表を伴わない研究データや、退職した研究者が管理していたデータベースの廃棄・継続ポリシーが整備されていないことが課題として明示された。NIIの知識基盤に対しては、共通認証機構の整備やデータシェアリングポリシーのトップダウン決定、分野事情を反映した共通大規模ストレージの提供を期待する声が示された。
物質・材料研究機構(NIMS)からは出村雅彦氏が登壇し、論文からのキュレーション型データベース、系統的なリファレンスデータ、研究現場の日常データ(ワーキングデータ)という三類型の整備状況を報告した。とりわけRDEシステムによるワーキングデータの構造化収集が26機関・1,030台の装置に展開されており、エンバーゴ期間後の広域シェアや実験データの有償ライセンス提供(世界初の試みとされる)も開始している。データの価値は「データそのもの」から「知識・学習済みAI」へと移行しつつあるという認識が示され、フェデレーテッドラーニングや秘密計算を用いた秘匿データ共用の実証経験も紹介された。
理化学研究所からは初井宇記氏がSPring-8の状況を報告した。SPring-8-Ⅱへの高度化(2029年度予定、輝度100倍)に伴い、X線画像検出器の出力帯域が10年で100倍のペースで増大しており、ムーアの法則を超える速度でデータ量が膨張している。独自開発のFPGA加速ボードによるリアルタイム圧縮と即時解析パイプラインの構築、IOWNを活用したSPring-8〜富岳間の直結R&Dが進行中である。産業利用(全体の約2割)からは民間クラウド事業者と同等レベルのセキュリティ運用や物理的通信経路の隔離が要求されており、既存インフラでは対応困難な状況も明示された。
NIIの合田憲人氏は、「データ創出基盤・計算基盤・データ+AI基盤」の三位一体によるエコシステム構想を整理するとともに、EOSC(欧州)やアメリカンサイエンスクラウドなどの海外動向調査を報告した。国際的な方向性として、フェデレーション型の資源統合、AI駆動型研究を支えるデータエコシステムの構築、持続的な運営体制の確立という三軸が確認された。
議論全体を通じて、認証基盤の共通化、計算資源とデータの近接性、分野特化型データ基盤と共通基盤のすみ分け、安全保障・機密性への対応という四テーマが横断的に浮上した。千葉委員からは、各分野がばらばらに予算配分を受けてきた構造的問題を指摘したうえで、分散したシステムであっても協調運用する体制設計の必要性が提起された。
現場視点の一般的な懸念
第一に、「つくれるが持続できない」というデータ基盤の構造的脆弱性がある。 ライフサイエンス分野では、科研費プロジェクトで構築されたデータベースが研究者の退職とともに更新・サポートが止まる事態が常態化している。廃棄ポリシーも整備されていないため、旧式ソフトウェアの上で動き続ける「生ける廃墟」が増殖している。これは人文系・理工系を問わず研究データ基盤全体に通底する問題であり、補助金の単発投下で基盤を「つくる」ことはできても「維持する」ための制度設計が存在しない。
第二に、データ登録の義務化と研究者負担のトレードオフが解決されていない。 塩基配列のようにジャーナル側が登録を要件化している分野では自然にデータが蓄積されるが、そうした慣習のない分野では研究者の善意頼みである。マテリアル分野ではNIMSがRDEシステムによって装置からの自動データ取り込みを実装しているが、「テンプレート設計という非常に手間のかかる作業」が導入障壁となり、全分野への横展開には多大な人的コストが伴う。データ登録をデフォルト化するためのインセンティブ設計や制度的強制力は、今回の審議においても具体的な答えが出ていない。
第三に、データとセキュリティの要求水準が既存インフラの許容範囲を超えている。 産業利用の比率が高いSPring-8では、半導体企業から「民間クラウドと同等の運用サービス」が要求されており、警備員配置・試料監視システム・ユーザー領域の物理隔離・監査・補償対応といった要件は、現在の学術インフラに整備されていない。IOWNやフェデレーテッドラーニングなど個別技術の実証は進んでいるが、それらを統合した運用体制の構築は「検討中」の段階にとどまっている。
第四に、データ量の増大速度がインフラ更新速度を上回りつつある。 SPring-8-Ⅱ稼働後には単一検出器から年間エキサバイト規模のデータが生成される見込みであり、10年で100倍というトレンドはムーアの法則(同期間で約40倍)を大幅に超える。エッジでの圧縮技術が「実績で10分の1から1,000分の1」の効果を挙げているとはいえ、ネットワーク・ストレージ・計算資源の整備ペースが追いつくかどうかは不透明であり、国家プロジェクトとしての先行投資判断が問われる局面にある。
第五に、基盤の「共通化」と「分野特化」の境界線が合意されていない。 千葉委員が指摘したように、国全体の共通基盤と分野別基盤のすみ分けをめぐる議論は今回の審議でも結論が出ていない。合田氏は「認証は共通化できる」と述べるにとどまり、ミドルウェアからアプリケーション層にかけての役割分担は各分野の判断に委ねられたままである。これが予算要求・人材配置・技術標準を各分野がばらばらに行う構造の温存につながりかねない。
現場視点の一般的な懸念を踏まえた改善提案
第一の脆弱性(持続可能性の欠如)に対しては、「研究データ基盤の運営費補助」を制度化することが不可欠である。 現状では補正予算や科研費による単発の立ち上げ支援はあっても、維持・更新のための経常的財源が存在しない。欧州のEOSCが「フェデレーション型の持続的運営体制」を掲げているように、国としてデータ基盤を社会インフラと位置づけ、運営コストを年度をまたいで保証する仕組みが必要である。取りまとめ報告書にはこの点を明示的に盛り込み、予算要求の根拠として機能させるべきだ。
第二の問題(登録負担と義務化の不整合)に対しては、「データ登録の段階的義務化」と「自動化技術の標準整備」を組み合わせる必要がある。 まず、公的助成を受けた研究成果データについては一定期間後の登録を義務化する政策的指針をトップダウンで示す。その上で、NIMSのRDEシステムのような装置連動型自動取り込み技術を「共通コンポーネント」として整備し、各機関が独自に開発するコストを削減する。登録負担の軽減なしに義務化だけを進めれば現場の反発を招くことは明白であり、技術整備と政策の同時進行が求められる。
第三の問題(セキュリティ要求への対応不足)に対しては、学術インフラに「産学共用セキュリティ層」を設計する必要がある。 現状では産業利用と学術利用が同一インフラを共用しながら、セキュリティ水準は事実上学術側に合わせられている。民間クラウド相当の監査・補償・物理隔離オプションを備えた「産学共用ゾーン」を設け、その運用費は産業利用者からの利用料で賄う収益モデルを検討すべきである。NIMSが実験データの有償ライセンスを開始した事例は、こうした「公共性と収益性の両立」モデルの先行事例として積極的に評価し横展開を図るべきだ。
第四の問題(データ量の爆発的増大)に対しては、「エッジ処理・圧縮技術のR&Dへの戦略的投資」と「計算資源とデータの物理的近接化」を基本方針として明文化すべきである。 SPring-8における独自FPGA開発や、米国アルゴンヌ研究所への技術供与の事例は、日本がこの分野で国際的優位に立てる可能性を示している。単なる「インフラ整備」の文脈ではなく、技術競争力の観点から先端的データ処理パイプライン開発を国家目標として位置づけることが、今後の取りまとめ報告書に求められる視点である。
第五の問題(共通化と分野特化の境界線の未決)に対しては、「役割分担の原則」を取りまとめ文書に明記すること自体が政策的意義を持つ。 認証・ネットワーク・大規模ストレージのような水平的インフラは共通基盤として整備し、データモデル・オントロジー・アプリケーション層は分野基盤が担うという原則を文書化することで、各省庁・各機関の予算申請における役割の重複と空白を可視化できる。千葉委員が提起した「協調しながら運用する体制」は、技術的な共通化よりもむしろこうしたガバナンス設計の問題であり、WGの取りまとめが担うべき最も重要な論点の一つである。
AI for Scienceを支える研究データの管理・利活用と流通の在り方ワーキンググループ(第5回) 議事録
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