
要約
本資料は、次期学習指導要領に向けた算数・数学WGの「取りまとめ案」の骨子を提示したものである。審議は令和7年10月の第1回から数え、今回が10回目。主要な論点は以下のとおり。
【現状の成果と課題】 国際学力調査(PISA等)において日本の数学的リテラシーは世界トップクラスを維持している一方、学校段階・学年の進行にともない算数・数学を「楽しい」と感じる児童生徒が減少する傾向が確認されている。SES(家庭の社会経済的背景)の低いグループほど正答率が低い格差構造も明示された。また、学習内容の習得・定着が不十分なまま進級するケースが多く、系統性の強い教科特性上、「つまずきの雪だるま式増加」が構造的課題として指摘されている。理工系進学者比率はOECD諸国でワースト2位(19%)にとどまり、2040年には理系人材が約120万人不足するとの推計も示された。
【改善の方向性:目標・見方・考え方】 小・中・高の教科目標を統一し、「見方・考え方」に「批判的に考察すること(クリティカル・シンキング)」を新たに加える方向で検討。従来の「論理的、統合的・発展的に考えること」を維持しつつ拡張する形となっている。
【内容の改善:新設・再編】 目玉改革として以下が提案されている。
- 「数学ガイダンス」の中・高への新設:数学と社会・職業のつながりを学ぶ単元。高校は「数学Ⅰ」必履修に位置づけ。
- 「社会を読み解く数学」の新設:数理モデル、確率と期待値、ベクトル表現等を含む実用的な数学。
- 選択科目の再編:現行の数学A・B・Cを1つの「新科目」に統合し、「場合の数と確率」「統計的な推測」「行列」「数列」「幾何ベクトル」「複素数と複素数平面」の6項目から選択履修できるよう柔軟化。
- 学習内容の6分野化:小学校・算数から高校・数学Ⅰまでを「数と式」「図形」「変化と関係」「データと確からしさ」「論証」「社会を読み解く数学」の共通6分野で整理。
- 行列(線型代数)・微積の重視:AI・データサイエンスの基盤として高校段階で重視する方向。
【高校必履修科目の履修免除】 外部試験(実用数学技能検定〈数検〉2級以上)の合格を条件に、「数学Ⅰ」の履修免除・振替を認める仕組みの導入が検討されており、本WGでも具体的な要件が提示された。
【ICT・デジタル活用】 1人1台端末環境を前提とした授業改善を推進。AIドリルの計画的活用、デジタル教材と紙教材の組み合わせ、デジタル学習指導要領から教材へのリンク整備が方針として示された。
現場視点の一般的な懸念
① 「数学ガイダンス」の実施体制は誰が担うのか 「数学と社会・職業のつながり」を学ぶ新単元は趣旨として理解できるが、授業設計には外部連携や教材開発が不可欠であり、これを誰がどのように整備するのかが問われる。資料には「動画教材の作成も検討」とあるが、動画視聴で代替できる学びではない。特に算数指導経験の浅い小学校教員には相当の準備負担が見込まれ、研修体制とセットでなければ絵に描いた餅になりかねない。
② 「つまずきの雪だるま」の構造的解決策が見えない 課題として正確に描写されている「雪だるま式の学習困難」だが、改善策として示されるのは「個に応じた指導」「認知心理学の知見の活用」「好事例の周知」である。しかし、1学級40人(または35人)を1人の教員が指導する現行の学級編制を前提とする限り、真の個別最適化は構造的に困難である。「練習量が足りない」「既習事項の確認機会が不足」という記述は、授業時数や教員配置の問題を教員の指導技術の問題に帰責するパターン(「個人帰責」の典型)と映るリスクがある。
③ 授業時数を増やさずに内容を増やす矛盾 資料には「総授業時数を増加させないことが前提」と明記されているにもかかわらず、数学ガイダンス・社会を読み解く数学の新設、論証学習の充実、ICT活用の組み込み等、実質的な内容追加が列挙されている。「精選・見直し」で捻出するとされているが、何を削るかの具体的議論は今後の検討に委ねられており、現場が板挟みになる構図は従来の改訂と変わらない。
④ 数検免除制度の公平性と運用の不透明さ 数検2級合格を条件に「数学Ⅰ」を免除する仕組みは、一見合理的に見えるが、数検受験自体に費用・機会・準備環境が必要であり、SES格差を拡大する方向に働く可能性がある。資料が問題として認識するSESの影響緩和と、この制度設計が逆方向に働く矛盾を問い直す必要がある。また免除後の「振替科目」の内容・評価をどう担保するかも学校現場では重要な実務的課題となる。
⑤ ICT活用の前提条件が地域間・学校間で均等でない AIドリルや1人1台端末活用の充実が強調されているが、資料も認めるとおり「ICT活用は教師・学校・地域・学校種等により大きな差がある」。この差が埋まらないまま「活用前提」の指導要領が施行されれば、教育格差の新たな軸となりかねない。特に、教員のICT指導力のばらつきに対する実効的な研修保障が現場では切実な問題である。
⑥ 「探究的な学び」と受験指導の緊張は解消されていない 資料は「入試指導への保護者からの期待から探究に取り組みづらい」という現実を率直に認めている。しかし、その解決策として示されるのは「国が丁寧に説明する」ことにとどまる。大学入試と探究的学習の評価が接続されない限り、現場の教員・生徒・保護者の行動原理は変わらない。入試改革と指導要領改訂の連動が問われる場面だが、その議論はWGの外で別途進んでおり、現場には「方針は示されたが出口が見えない」状況が続く。
教育課程部会 算数・数学ワーキンググループ(第10回) 配付資料:文部科学省 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/110/siryo/mext_00011.html

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