
要約
文部科学省が令和8年7月に公表した令和7年度「外国人の子供の就学状況の把握・就学促進に関する取組事例」及び「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する取組事例」は、全国14の地方公共団体・教育委員会(就学促進5事例、日本語指導9事例)から寄せられた実践事例を通じて、外国人の子供の不就学防止と日本語指導体制の構築という二つの課題への対応状況を横断的に示したものである。大阪府の報告では、日本語指導が必要な児童生徒数が令和2年度からの5年間で約1.62倍に増加し、そのうち約73.2%の学校に当該児童生徒が在籍する一方、その約46%の学校では在籍者がわずか1〜2人にとどまるという実態が明らかにされている。集住と散在が同時に進行するこの構図が、事例集全体を貫く通奏低音として立ち現れている。
前半の「就学促進」編では、福島県郡山市の母語対応相談員派遣、東京都港区の英語版学校案内作成、岐阜県高山市の生活オリエンテーション動画制作、愛知県豊田市の家庭訪問による不就学実態調査、三重県津市の初期日本語教室「きずな」など、住民登録情報や出入国記録の照会、家庭訪問、多言語資料の整備といった手法で「学齢簿には存在するが在籍が確認できない子」を掘り起こす取組が並ぶ。後半の「日本語指導」編では、岩手県の大学連携モデル研究事業、群馬県太田市・みどり市のプレクラスやNPO連携、石川県金沢市の日本語指導教室と民間協力員派遣、岐阜県可児市の「ばら教室KANI」、静岡県浜松市の進路情報提供、愛知県西尾市のキャリア教育、三重県の市町向け補助事業、大阪府の教員研修、和歌山県のオンライン講座など、多様な担い手と手法による支援体制が紹介されている。
いずれの事例も、行政・学校・大学・NPO・市民ボランティアが知恵を出し合いながら築き上げてきた「好事例」であることは疑いない。しかし、これらの実践を現場の運営構造という観点から読み解くと、普及や連携の掛け声の陰に隠れがちな共通の脆弱性が浮かび上がってくる。
現場視点の一般的な懸念
- 好事例の「普及」が財政的裏付けを伴わない構造的格差の温存につながりかねない 岩手県は「研修会等を通じて県内全域への普及に努めている」とし、岐阜県可児市も「集住地区のノウハウをいかに散在地区にも広げていくかが課題」と述べている。しかし普及の手段として挙げられているのは研修会や視察といったソフトな共有にとどまり、散在地域の小規模自治体が同等の体制を独自に構築するための財源措置には言及がない。ノウハウは共有できても、専任職員や教室運営費まで「共有」することはできない。
- 制度の持続可能性が、ボランティア・NPO・特定個人の善意に依存している 津市の初期日本語教室は約100人の市民ボランティアの協力によって成り立ち、みどり市はNPO法人「Green Peace Kiryu」との連携で運営し、和歌山県はNPO法人が運営する「YSCグローバル・スクール」への申請を通じて支援を提供している。太田市のプレクラスは学校管理職経験者1名のアドバイザーが指導の要となっている。いずれも制度化された安定財源というより、特定の個人・団体の継続的な協力があって初めて成立する仕組みであり、その担い手が抜けた場合の代替策は事例集からは読み取れない。
- 日本語指導教室の運営が会計年度任用職員など非正規の任用形態に支えられている 可児市の初期日本語指導教室「ばら教室KANI」は、市の会計年度任用職員11人によって運営されている。母語対応のため外国籍の職員も配置するなど工夫が凝らされている一方、指導を担う職員の雇用が単年度契約を基本とする形態である以上、指導ノウハウの蓄積・継承が制度的に保障されているとは言い難い。
- 対応可能な言語の限界が、国籍の多様化に追いついていない 金沢市の日本語指導民間協力員は英語・インドネシア語・中国語・タガログ語の4言語対応にとどまり、報告書自体が「対応できる言語が限られているため、すべての希望言語に応じられないこともある」と明記している。太田市も「多国籍化・多言語化に対応していくことも課題」としており、児童生徒の母語が多様化するスピードに、通訳・母語支援の供給体制が追いついていない構図が複数の自治体で共通して見られる。
- 不就学率・進学率といった数値が、支援の質を測る代理指標として一人歩きするリスク 豊田市の不就学率は令和4年度0.32%、令和5年度0.13%、令和6年度0.06%、令和7年度0.12%と推移しており、津市の高校進学率も平成18年度56.3%から令和6年度93.2%まで上昇したと報告されている。いずれも支援の成果を示す指標として重要だが、母数が小さい自治体ほど数人の転出入で数値が大きく変動しうる。数値の改善それ自体が目的化し、個々の子供の実態把握や支援の質から評価の焦点がずれてしまう懸念が残る。
- キャリア教育・進路支援への重心の置き方が、経済的自立に偏りがちである 浜松市の「進路・就職に関する情報提供」、西尾市の「先輩の話を聞く会」など、就労・進学という将来の経済的自立を志向する取組が事例集の後半に目立つ。こうした支援自体は児童生徒にとって有益だが、母語での自己表現や文化的アイデンティティの保障(津市の「きずな」など一部例外を除く)は相対的に手薄であり、教育の目的が就労可能性の獲得に収斂しているとの見方もできる。
改善提案
- 好事例の普及に際しては、研修や視察といったソフトな知見共有だけでなく、規模の小さい自治体・散在地域を対象とした広域連携型の財政支援メニュー(都道府県による市町村横断的な補助制度など)を同時に整備し、普及と財源確保をセットで制度化すべきである。
- ボランティア・NPO・特定個人の協力に依存する枠組みには、複数の担い手を確保するバックアップ体制や、自治体と協定を結んだ複数年契約化など、協力者の交代・離脱が生じても支援が途切れない継続性の担保を制度設計に組み込む必要がある。
- 会計年度任用職員に依存する日本語指導教室の運営体制について、専門性を持つ人材の任用形態を見直し、常勤配置や複数年契約の導入など、指導ノウハウの継承を可能にする雇用制度の検討が求められる。
- 対応言語の拡充に向けて、都道府県単位・広域単位で通訳者・母語支援員の人材プールを構築し、市町村単独では確保が難しい希少言語への対応を可能にする仕組みを整備すべきである。
- 不就学率や進学率等の数値を公表・活用する際は、母数の小ささによる変動幅を併記するなど数値の一人歩きを防ぐ運用上の配慮を行うとともに、家庭訪問の実施率や個別相談の対応状況といった、数値に表れにくい支援プロセスの質を評価する定性的な指標もあわせて示すべきである。
- 経済的自立を志向するキャリア教育・進路支援と並行して、母語・母文化を尊重した自己表現の機会や、児童生徒にとっての心理的な居場所づくり(初期日本語教室でのボランティアとの交流など)を、事例集の中でも並列的な柱として位置づけ、発信していくことが望ましい。
令和7年度「外国人の子供の就学状況の把握・就学促進に関する取組事例」及び「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する取組事例」について
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/genjyou/1295897_00001.htm


